ドメーヌモン山中敦生「ピノ・グリで日本らしい旨みのあるワインを」

日本のワイン生産者がヨーロッパ系品種のブドウを植え始めたのは、ここ3、40年ほど。世界と肩を並べるワイン産地になるための挑戦が本格的にスタートしたことを意味する。特に北海道は、新しい産地ということもあり、冷涼な気候を活かした品種が積極的に植えられてきた。そのなかでインパクトがあったのが、ピノ・ノワールの成功だろう。木村農園が1985年に植栽して20年以上かけてものにし、ドメーヌタカヒコの曽我貴彦がオリジナリティあるワインにした。

その系譜を継ぐように遺伝子がほぼ同じピノ・グリでワイン造りに挑戦しているのが、ドメーヌモンの山中敦生。自園で育てたピノ・グリで「Dom Gris(ドン・グリ)」というワインを今年初リリースした。このワインは、さまざまな面から日本のワインに新しい可能性を感じさせる出来だった。


透き通った琥珀色の「ドン・グリ」は、よく熟した色合いで、なんともおいしそうにグラスのなかで輝いている。テイスティングすると、どこまでいっても円を描いているようなまろやかな味わいのなかに甘みや渋みが溶け込み、旨みがあふれていた。

この旨みがあふれたワインこそ、ドメーヌモンの山中敦生がめざしたもの。「日本らしいワインのあり方を追求したら、このスタイルになった」という。すなわち、日本の風土を尊重した結果であり、北海道・余市の土壌と気候がなければこのワインは実現できなかった。

ドングリは海外の人が飲んでも、「日本らしいオリジナリティがありながら、おいしい」と評価されるワイン。実際にドメーヌモンを訪れたフランス・ロワールの生産者が「日本でこんなワインを造っているのか」と目を丸くしたという。

ドメーヌモンは、2016年に北海道・余市に設立された5年目のワイナリー。同じ余市町で買い付けたブドウやリンゴからワインやシードルも造られているが、1.6haの自園で育てているのは、ピノ・グリだけ。このピノ・グリを房ごと発酵させ、果皮や種、果梗からも成分を抽出してワインにしたのが、「ドン・グリ」。一般にはオレンジワインと呼ばれるスタイルだ。

「ドン・グリ」というユニークな名前は、ドメーヌモンが余市登町楢の木台地区にあることに由来する。畑はドングリが成るコナラや大楢の木で囲まれているため、「ドングリの森で育ったドメーヌ(Dom)もののピノ・グリ(Gris)」で「ドン・グリ」なのだ。

通常、小規模なワイナリーでも2、3種類のブドウを育て、白ワインも赤ワインも造るのが一般的。ピノ・グリだけを育て、オレンジワインに仕立てたものをフラッグシップとして掲げるワイナリーは珍しい。なぜこのようなスタイルを選んだのだろうか? それを知るためには、彼がどんなふうに生産者としてスタートを切ったかを振り返る必要がある。

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農家としての感性を育んでくれた師匠・曽我貴彦


山中敦生はワイン造りの道に入る前、冬はスノーボードのインストラクター、夏はリゾートレストランで働く生活をしていた。

「スノーボードといっても、単純にスキー場をすべるだけじゃなく、山に登って雪の上を滑っていたので、自然に近い感覚でやっていました。だから、有機栽培農家とか自然と共生する暮らしもいいなと思っていました」

スノーボードと農家。一見、共通点がないように思えるが、自然に囲まれて生きていた彼にとって、農家としての次なる人生は流れの先にあった。こうしたエピソードを知ると、山男やアスリートのような険しい人物を想像するかもしれないが、実際の彼はとても柔和。目尻を下げた笑顔がトレードマークだ。きっとそれまでも、自然に挑んできたというより、自然とうまくやってきたことが想像できる。ワインとの出会いは、夏の職場であるレストランだった。サービスの仕事をするうちにワインに魅せられ、ソムリエ資格を取得した。

ちょうど山中が農業をやってみたいと思っていた頃、世界と並べても引けを取らないナカザワヴィンヤードの「クリサワブラン」が評判を呼んでいた。中澤一行の生き方が山中の理想と重なり、ワイン用ブドウ栽培をやってみたいとの思いが募っていった。

「家族を抱えていくなら、ブドウ栽培だけでは立ち行かない。自分でワイナリーを持たないと」

そう山中に教えたのが、ドメーヌタカヒコの曽我貴彦だった。折しも余市にドメーヌタカヒコを訪ねた2013年は、曽我がブドウを植えて4年目。翌年から本格的に忙しくなることが見込まれていた。それもあって、山中は2年間の新規就農制度を利用してドメーヌタカヒコの研修生として働かせてもらうことになり、ワイン農家としての一歩を踏み出した。

ドメーヌタカヒコの曽我貴彦は、余市で小規模ワイナリーをスタートさせた第一人者。2010年の初リリースワインは、日本全国に鮮烈なインパクトを与えた。自園では「ナナツモリ」になるピノ・ノワールだけを有機栽培で育て、ワイン造りをしている。そんな師匠から研修期間にどんなことを教わったかと聞くと、「ワイン用ブドウ農家としての感性を磨いた2年間」だったと言う。

「曽我さんは有機栽培をしているのと同時に、畑にトラクターを入れないという考えで、栽培に機械を使いません。そのなかである程度の面積のブドウを育てるには、工夫が必要です。ココ・ファームで農場長を10年間やっていた頃から、『どうしたら効率よく作業できるか』を常に考えていたそうです。独立してからは、朝8時から夕方5時で終われるよう日々作業を組み立て、それを次世代に継いでいくための新しい農家の労働時間のモデルとして考え出しました。実際にはそれで終わらない日もありますが、なるべくそうした動きがとれるようにということを一番仕込まれた気がします」

有機栽培で自然と共生しつつ、無理なく続けられる働き方を習得できたのは大きな財産。山中自身、次世代に受け継げる持続可能な農業も、生産者になるときから見据えていたこと。共感できるところが多かった師匠の教えを素直に吸収し、まっすぐに飛び立つように独立した。

ピノ・グリと向き合うことを決意


2016年の新規就農時は、師匠と同じ余市に「ドメーヌ モン」を設立。研修生1年目の頃に苗を注文し、2年目に家付き3haの土地と畑を取得できていたため、順調にスタートが切れた。なぜ、ピノ・グリにこだわったワイン造りを決意したのだろう?

「自分も曽我さんと同じように1つのブドウと向き合いたかった。研修でピノ・ノワールの栽培を学んだので、同じような品種がいいと思っていました。ピノ・グリはピノ・ノワールの突然変異種で遺伝子はほとんど同じ。栽培のサイクルや病害虫も似ています。もう1つは、ドメーヌタカヒコの『ブランドノワール』のような雰囲気のワインをピノ・グリで醸し*て造ったら、おもしろいだろうと思いました」
*醸し…ブドウを皮ごと漬け込んで発酵させる方法

「ナナツモリ ブランドノワール」は、栽培しているピノ・ノワールのうちの貴腐ブドウ*をワインにしたもの。ピノ・ノワールは黒ブドウなので通常は赤ワインになるが、貴腐ブドウはグレイがかったピンク色の果皮なので、ワインにすると琥珀色のオレンジワインのようになる。
*貴腐ブドウ果皮に貴腐菌がついて糖度が凝縮したブドウ

一方のピノ・グリは、ピノ・ノワールの果皮色変異種で、皮の色はグレイがかったピンク色。通常はジュースだけを搾って白ワインに仕立てることが多いが、果皮などから抽出される成分で複雑さを出すために、近年醸してオレンジワインに仕立てられることが増えてきた。

山中は、ピノ・ノワールと似たような品種のピノ・グリを醸して、師匠のワインをオマージュしつつ、自分なりに理想のワインを完成させたいと思ったのだ。実際にどんなスタイルのワインにしようと思ったのだろうか?

「日本は雨量が多いので、カリフォルニアやチリのような濃いワインにはなりません。でも、雨が降る土地で育ってきたお野菜を食べる日本人は、薄い味わいの中に旨みを感じ取るセンスがあると思っています。ワイン造りにおいても、湿度のある気候だと、微生物が動きやすいので、ワインが自然に発酵しやすい。ドン・グリは全房で自然発酵させているので、皮や果梗からも旨味が出た複雑なワインを造ることができます。それに赤ワインよりもピノ・グリで醸したワインの方が日本の食文化になじみやすいのではと思いました」

ワインにある旨みは、繊細な味わいだからこそ引き立つ。日本の雨が多く湿度がある気候を、薄いワインしか造れないダメな産地ではなく、自然発酵に適していると定義。旨みある複雑なワインが引き立つ風土だと、優位性として打ち出したのだ。

この考えは師匠の曽我とも共通しているが、このコンセプトに行き着いたのは山中が生まれ育った環境にも理由がある。山中の実家は、茨城で製茶業を営んでいる。
「お茶を飲んで、そこに繊細な旨みを感じると、日本人でよかったなと思います。お茶は旨味とカテキンで、ワインは旨みとタンニン。せっかく日本でワインを造るなら、“海外に負けないミネラル感”より、旨みを出した方がいいなと思ったんです」

繊細で旨みを感じるナチュラルなワインは、きっと世界にも求められるだろう。日本の調味料を輸入するベルギー在住の友人によると、“UMAMI”は日本人が思っている以上にヨーロッパで好まれているという。日本は日本の魅力で挑みたい。この考えは、世界へ発信できる日本ワインのヒントになるのではないか。

日本らしい旨みが生まれるプロセス


それでは実際に旨みを醸すプロセスを紐解いてみよう。

「ドン・グリ2018」は、収穫後30日間、全房にて野生酵母で自然発酵。樽で12ヶ月の熟成を経て瓶詰めし、2ヶ月後にリリースされる。無濾過、無清澄。亜硫酸塩は添加されていない。

つまり、かなり自然に任せて造られているが、最も注目したいのが、「収穫後30日間、全房にて野生酵母で自然発酵している」部分。ブドウを収穫した後は、房ごとタンクに入れて発酵をじっくり待つことになる。タンク内のブドウは、果梗(軸の部分)がクッション代わりになって、ブドウが自重で潰れるのに時間がかかるからだ。30日タンクに入れているといっても、実際に果実が潰れて液体に浸かっているのは、3日間くらい。とてもゆっくりと発酵されている。これには大きなメリットがあるという。

「全房で発酵するとタンク中で下の液体の層と上の固体(全房)の層とで違う微生物が発生して、ワインになるときに複雑な風味として混ざってくれるんです」

たくさんの微生物が動くことが旨みのある複雑な味わいにしてくれるというのだ。この発酵を可能にしているのが、先ほどあげた日本の湿度。一般に自然発酵は、発酵が始まらないことや途中で止まってしまうリスクがあるが、それについてはほとんど心配いらないそう。北海道ならではのブドウの酸の高さや気温の低さもいい方向に作用している。亜硫酸塩も添加していないので、柔らかな味わいになる。

しかし、野生酵母で発酵させることが旨みを持つワインの最大の理由ではないと否定。「旨みを蓄えているのは、むしろ土壌」だと話す。

「日本は雨が多い火山性土壌です。ヨーロッパの石灰岩土壌に比べて病虫害も出やすく、日本ほどワイン用ブドウで苦労している農家さんはいないと思います。でも、火山性土壌の方が有機的で微生物が多く、アミノ酸の含有が多いはず。みんなせっかく苦労していることを否定的にとらえるだけではもったいない。自分は旨みを育んでくれる、いい土壌だと思ってやっています」

その土壌づくりのためにも、取り組んでいるのが有機栽培。国からの有機JAS認定を受け、最低限のボルドー液での防除しかやっていない。すると土中でも地上でもさまざまな生物や植物と共存しながら、たくさんの微生物が活動する畑になる。その結果、ブドウにアミノ酸を届けられる環境ができあがるという。

「ワインは農業が9割以上」という考えを貫き、余市の風土で育まれる味わいを尊重してワインが造られていた。

ピノ・グリの可能性と、ドングリの目指す姿


2016年に植えられた「ドングリ」のブドウの樹は、5年目を迎え、今秋には3回目の収穫を迎える。2回の仕込みをしてみて、気づいたピノ・グリの可能性、そしてドングリの目指す姿について聞いてみたい。ファーストヴィンテージの2018年は、「全体としてイメージしていた通りに落とし込めていた」という。そんな中で気づいたことがあった。

「仕込んでいるときは、ピノ・ノワールに似ているなと思いました。ただ、搾って樽に入れた辺りからパワーが出てくる。曽我さんのブランドノワールは貴腐ブドウなので糖度が高い分、パワフル。それよりはやさしくなることを想定していたのですが、同じように力強かったのが予想外でした」

『ワイン用葡萄品種大事典』によると、ピノ・グリは「収量が高すぎず、完全に熟したとき、深い色合いでかなりリッチな比較的酸味の弱い、時にでっぷりとした感じの、目をくらませるような香りのワインになる」とある。ピノ・グリはヨーロッパや新世界で広く栽培されていて、イタリアでは伝統的にカジュアルなワインにされることも多いが、フランス・アルザスで高貴品種とされているので、そもそもポテンシャルがあるのだろう。若い頃は繊細でチャーミングになることが多いピノ・ノワールよりも、力強さを持っているようだ。最近では、醸してオレンジワインできる国際品種としてとらえられている。山中もそれについては同意できるところがあると言う。

「ピノ・グリは果皮に色があって、白ブドウのカテゴリーともちょっと違うので、上手に醸したら厚みが出てきます。オレンジワインがピノ・グリにとって適正な造り方なんじゃないかと思うところはあります」

2年目となる2019年は全般的に晴天の日が多く、北海道にとって収穫量の多い良好なヴィンテージとなった。2018年よりもスケールの大きなワインになりそうだ。私も樽で熟成中のものをいただいた。冒頭の感想は、そのときのもの。まろやかさのなかに北海道らしい透明感があり、かなり期待が持てるように感じた。今後は、どのようなワインとしてドングリを完成させていきたいのだろうか?

「ドングリ2018は、初収穫のブドウだったので、まだこれから。今後は、アンズっぽい果実味や香りが出るといいなと思っています。理想は、曽我さんのナナツモリをピノ・グリで表現したい。ロマネ・コンティを飲んだこともありますが、ナナツモリの方がダントツで好き。ピノ・グリで複雑さと旨みのある、おもしろみのある個性を出していけたらと思います」

実際に、クリーンなワインよりも個性のある複雑なワインをめざそうと、醸造中に試行錯誤していることを聞かせてくれた。しかし、今後取り組みたいことを聞くと、予想どおりの答えが帰ってきた。

「ひたすら農業をやるしかないですね。ブドウの樹齢が上がるごとに質が上がっていくような育て方をしなきゃいけない。曽我さんに教わったことを忠実に守っていきます」


この言葉を聞いて、ドメーヌモンのドン・グリに明るい未来を感じるとともに、北海道そして日本ワインの産地に素晴らしい流れがあることを思った。山中は、カリスマのような中澤一行や曽我貴彦に導かれてワイン造りの道に入り、自分が育てるべきブドウを見つけ、それまで土地で培われた栽培・醸造技術をもとに日本らしいワインを造っている。

カリスマが登場した後、それに続くたくさんのアルチザンが生まれることで新しい産業となっていく。

山中が、国の有機JAS認証を取ったのは、有機栽培をやっていることを知ってもらい、広がってくれることを願う気持ちがあったそう。もともと余市は本州のような梅雨はなく、早霜も降りにくいため、目の届く範囲で畑づくりをすれば、問題なくやっていけるという。有機栽培は、土壌を豊かにするメリットもあるが、害虫も出てくる。近隣の農家から「(苦労を背負って)バカじゃないの?」と思われることもある一方、「そんな虫が出るの初めて見た」「本当に農薬を撒かずにできるのか」と関心を寄せる反応も出てきている。

30日間放置させる発酵も、曽我から教わった持続可能なワイン農家としての手段だ。この発酵法は、複雑な旨みを醸す効果に加えて、冬支度の農作業を優先できるメリットがある。北海道では、10月下旬に収穫を終えてから雪が積もるまでに剪定を済ませなければならない。そこに仕込みが重なると作業が追いつかなくなるが、猶予される時間があれば剪定を済ませられる。4月から11月いっぱいは農作業に集中できるよう師匠に教えられた方法だ。山中は、メリットを含む一連の醸造システムのことを敬意を込めて「曽我式」と呼んでいた。

先人がやってきた栽培や醸造技術を尊重し、うまく活かしながら、個性的なワインを追求する。そして自分もそれを広げる役に立ちたい。そんな思いが言葉のすべてににじみ出ていた。ふっと頭の中に「柔よく剛を制す」という言葉が思い浮かんだ。本人に世界に挑んだり、自然に立ち向かったり、との激しい意識はないかもしれない。でも、雨を恵みとして豊かな土壌を作り、まろやかな旨みのワインを醸す日本の風土のなかで、畑仕事をこつこつと積み重ねることこそが力強さの証明なのだ。山中敦生は、畑でブドウとともに歩みながら、理想のワインを追求し、日本ワインの未来の道を広げている。


話を聞いたのは・・・
山中敦生
ドメーヌモン代表
茨城県生まれ。スノーボードのインストラクターで北海道に移住。
ドメーヌタカヒコでの研修を経て、2016年に独立。
ドメーヌモンを設立し、自園のブドウで「ドングリ」を
中心にしたワイン造りをしている。
https://domainemont.com

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この記事を書いた人

編集長のアバター 編集長 ライター/ワインエキスパート

東京に暮らす40代のライター/ワインエキスパート。
雑誌や書籍、Webメディアを中心に執筆中です。さまざまなジャンルの記事を執筆していますが、食にまつわる仕事が多く、ワインの連載や記事執筆、広告制作も行っています。東京ワインショップガイドは2017年から運営をスタートしました。

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