ジャン・ミッシェル・モレル氏(スロヴェニア・KABAJ) インタビュー

イタリアとの国境にまたがるスロヴェニアのブルダは、地元品種のレブラやフリウラーノを使ったオレンジワインで注目の産地。この地で、ジョージアのクヴェヴリ(甕)も取り入れてワインを造るのが、KABAJ(カバイ)のジャン・ミッシェル・モレル氏です。「人生そのもの」というワイン造りについて、インタビューしました。

KABAJのラインナップ。ワイン情報は記事の最後に掲載しています。

KABAJワイナリーを始めるまでの道のりを教えてください。

ワイン造りを始めたのは、子どもの頃です。私はフランス出身で祖父がワイン造りをしていました。ボルドーでワイン造りに出会い、南仏のラングドックやイタリアのコッリオ、ジョージアなどのワイン生産地を転々として修業を重ね、1989年にスロヴェニア人の妻カティアと結婚して、スロヴェニアのゴリシュカ・ブルダの地に落ち着いたんです。そこで、「KABAJ(カバイ)」というワイナリーを1993年にガレージワイナリーからスタートしました。

ワイン造りの師や影響を受けたワインはありましたか?

左)ダキシュヴィリ・ファミリーのワイン 右)師匠であるゴギ・ダキシュヴィリ氏と息子のテムリ氏(写真提供:アルカン)

たくさんの師となる方がいましたが、最も影響を受けたのはジョージアワインです。師となるのはジョージア・カヘティ地方のゴギ・ダキシヴィリでしょう。彼は、数百年のワイン生産の歴史を持つダキシュヴィリ・ファミリーの当主であり、ジョージアでとても有名な醸造家です。現在も8000年の歴史を持つクヴェヴリ製法を守っています。日本にも売っていますよ(「ダキシュヴィリ・ファミリー・セレクション」の名で販売されている)。

そのワインはあなたにどんな影響を与えましたか?

幸せな感覚をもたらしてくれました。テーブルを囲んでランチやディナーをとるときに、この上ない時間をもたらしてくれる。ワインはただの飲み物ではなく、楽しみを表現するものだと教えられたのです。食事を楽しむときにワインがあり、みんなで外に出て一人一人がそれを楽しんでいる、そんな風景に出会うことができました。

「KABAJ」についても教えてください。

基本的には家族経営のワイナリーです。収穫期などには手伝ってくれる人たちもいます。15haの畑で、年間7万〜8万本のワインを生産しています。ただ、年間生産量は年によって変わってきます。「今年は1000本のワインを造らねばならない」とか、そういうことではないんです。その年の収穫はコントロールできるものではありません。畑は土地であり、その上にあるのは、日照や雨だけ。天候をコントロールすることは不可能です。つまり、重要なのはブドウの質であって、ボトルの数を決めて生産するのではありません。

どんな品種のブドウを栽培していますか?

赤ワイン用ブドウではメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、ピノ・ノワールを育てています。メルローは単一畑もあります。2015年からは、ピノ・ノワールも育てていますが、非常に少ない限定品です。
白ワイン用ブドウでは、地元品種のレブラ、フリウラーノを始め、ピノ・グリ、ピノ・ブラン、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネもあります。
赤ワインも造っていますが、白ブドウを醸してオレンジワインも造っています。ジョージアのようにクヴェヴリ(甕)を使ったワインもあります。昨年からペットナット※も造りはじめました。
ペットナット……シャンパンが二次発酵するのに対して、一次発酵の途中で瓶詰めするカジュアルなスパークリングワイン

KABAJでワイン造りをするうえで、大切にしていることは何ですか?

KABAJワインを輸入する365wineの大野みさきさん、レストランで扱うNODOの及川博登さんと

ワイン造りに関わるメンバーすべてにとって、よい道を見つけたいと思っています。畑に関わることは家族全員で決断しなければなりません。私たちのワインを日本に紹介しれくれるインポーターの(大野)みさきに対してもそうです。彼女は、私たちが日本市場でどう歩んでいくかを導いてくれる家族同様に大切な存在です。

ワイン造りにおいて、ミスをすることもあります。なぜ、ミスをしたのかということを考えて向上心を持って次に進まなければなりません。なぜ、この現象が起きるのか?――常に自分に問いただすことで進化し続けています。
私にとってワイン造りは人生です。大地を愛し、天候を愛しています。お金儲けのためにしているのではありません。SNSのつながりではなく、目と目を合わせたつながりを大切にしてワイン造りをしたいと思っています。ワイン造りがコンピューター化されるようなら、私はやめます。


自分の造るワインで何を表現したいですか?

土壌や気候といった地域の特性です。イタリアとの国境にあるスロヴェニアのブルダは、アルプスを背に、アドリア海が前方に広がる豊かな土壌で、四季を楽しむことができます。極度に寒くなることがない温暖な気候は、ブドウ栽培からワインの醸造の全工程に適しています。
独自のワインとはなにか?ーーまだ探し続けている段階です。すべてのワインには生産者の個性が表現されている必要があります。単に販売向けにデザインされた規格的なものではつまらない。すべてのワインが同じ味わいや香りだったら、それはワインではないでしょう。ある瞬間、0.000001秒でもワインの息吹を感じることができたら、その瞬間に最高だと感じるワインと遭遇することができます。
ワインをポイントで評価する職業の人々を尊重しますが、それは至難の業です。私たちはコンピューターではなく、日々味覚や認識は変化する。それが人生です。F1を例にすると、上位3位のうち人が覚えているのは1位だけで他は忘れられる。それが世の常であり、記憶は最小限にとどまるものです。ただし、ワイン造りは生産者ではなく、ワインそのものの価値が問われます

クヴェヴリワインには、どんな特徴がありますか?

©︎ジョージア政府観光局

よくオレンジワインと呼ばれますが、実際にはアンバー(琥珀)の色合いです。もちろん、オレンジから造られたのではなく、ブドウからできていて、その色はブドウの皮や種から抽出されます。ジョージアのクヴェヴリワインは、(イタリアやスペインでやられている)アンフォラの製法と異なり、甕を土に埋めて、野生酵母による自然発酵を経て醸造されるため、土壌が温度管理します。近代的な機械管理下のワイン醸造ではありません。そのため、生産量も限定されますし、安定したワイン造りは見込めません。
そのため、誰にでもできる一般的なワインではありません。流行りだからやってみよう、という醸造家が造るべきではありません。ノウハウではなく、まずはワインに惚れ込む必要があります。そして、クヴェヴリワインの生産地であるジョージアの伝統的製法を守る地元の醸造家から学ぶべきです。その結果、自分でも醸造できる自信ができたらやってみたらいいと思います。

クヴェヴリでワイン造りを始めたのは、なぜですか?

ジョージアのワイナリー。土の下にクヴェヴリが埋められている。 © 2012 by Ministry of Culture and Monument protection of Georgia

アンフォラではなく、なぜクヴェヴリなのか?――するどい質問ですね。2004年にまずジョージアの(一般的な)ワイナリーを訪れましたが、そこではこれというワインとの出会いはありませんでした。その後、トビリシのシャヴナバダ修道院のワインセラーを訪れた時にクヴェヴリワインと出会い、「これを造るしかない」と思いました。
そして、2005年に初めてクヴェヴリワインをテラコッタの甕で醸造しました。現代ではこのような伝統製法を知っている人はいないので、現在では私たちが生産者を育てています。
アンフォラは粘土の甕で貯蔵したワインを意味しますが、伝統的な製法ではありません。(ジョージアには地方ごとにいくつかの醸造法がありますが)私たちのワイナリ―では、カルトリ製法*でクヴェヴリワインを醸造しています。
クヴェヴリワインは、甕にブドウを入れさえすればできる、そんな容易なものではありません。時には失敗することもあります。でもこのワインを造り続けることができて幸せです。8000年もの昔に発生した世界初のワイン醸造製法がクヴェヴリワインなのです。
*カルトリ製法……ジョージアのカルトリ地方の醸造法。KABAJの場合、果汁を果皮や種子、果梗と共に10〜12ヶ月の長期醸しをした後、フレンチオークの大樽に1年、さらに1年間瓶熟成をしている。


クヴェヴリが発酵容器として優れているのはどんなところだと思いますか?

クヴェヴリワインを造るなら、使用するブドウは完熟している必要があります。若くては発酵しません。最高級のブドウを使用しなければ、うまく発酵しないのです。お粗末なブドウを使えば、お粗末なワインしかできない。非常に難しいワイン造りになります。
収穫高によって変わりますが、10%から20%程度、果梗も残して醸造しています。収穫時の気候など、すべての要因がワインの出来を左右します。最高級のクヴェヴリワインを造れる醸造家は数人しかいません。私自身、クヴェヴリが大好きです。最高級のクヴェヴリワインと出会ったときは、もっと注いでくれと言います(笑)

「KABAJ シビピノ2015」¥4,378(税込み)

クヴェヴリでの自然発酵を円滑にするためにどんなことをしていますか?

自然発酵は培養酵母の醸造とは異なり、環境を完璧に整えなくてはなりません。不必要なバクテリアの存在はワインをビネガーに劣化させる恐れがあります。セラー内に無数のバクテリアが短時間で発生するからです。特に収穫時には、たくさんの水を使用して入念に――毎日ねじの1本まで分解して、醸造機器を洗浄しています。
ステンレスでの醸造なら問題ないことでも、テラコッタの甕は生きています。バクテリアと共存しているので、その環境をコントロールするのは至難の業です。この自然環境のコントロールに頭を悩ませる醸造家はたくさんいますが、ラッキーなことに私たちはなんとか自然発酵とうまく向き合ってワインを生産し続けています。優れたワイン造りには健全なマインドも欠かせません。“Touch Wood!”と唱え、「これからより一層素晴らしいワインが造り続けられますように」、と祈ります。究極はワインの出来がどうかということにつきるのです。

所属するXELOBE KARTULI協会はどんなことをしていますか?

伝統的なクヴェヴリワインを造る真剣な醸造家のために協会の存在は重要です。アンフォラもクヴェヴリも、一緒に取り扱う商業目線の事業化のための協会ではありません。協会は伝統を守り将来へ継承することを目的としているので、マーケティング事業とは切り離された存在であるべきです。ワイン造りは頭ではなく、ハートで行うものだからです。

フランスでワイン醸造をする以前は、イタリアのワイナリーで働きました。いかなる経験も新たな発見ができるよい機会を与えてくれます。いずれの地域の生産者であれ、他の地域でどのようなワインが造られているかを勉強する必要があります。いろいろな経験があって初めて自分がどのようなワインを造りたいのかを知ることができるからです。
私はジョージアが大好きです。国も住む人々の心も広く、お料理もワインもおいしい、素晴らしい国です。ぜひ訪れてみてください。私自身、ジョージアの醸造家とは盛んに交流しています。

スロヴェニアワインの魅力を教えてください。

10年前までスロヴェニアのワインを知る人はほとんどいませんでした。今では、ソーヴィニヨン・ブランを筆頭にトップレストランで飲まれるまでに、知名度が上がってきています。市場で評価されるためには、いいワインである必要があります。中身で勝負。ボトルやエチケットは二の次です。
スロヴェニアには大規模な商業的ワイナリーは存在しません。みな家族経営型の優秀なワイナリーです。なぜならワインはコモディティー(代替可能性を持つ商業品)ではなく、アートだからです。量産することを目的としていません。クオリティーの高いプロシュート(生ハム)や、パルメジャーノ・レッジャーノが熟成するのに最低でも3年はかかります。おいしいワイン造りも同様です。3年……それ以上かかるかもしれません。いいワインを醸すには時間をゆっくりかける必要があります
特にナチュラルワインの製造過程にはたくさんの予期せぬ出来事がつきものです。コンピューター分析でプログラミングができるものではありません。どのワインをいつ市場に出すのか、経験値に頼るしかありません。いい出来、悪い出来、さまざまなワインができます。最終的にミックス調整して素晴らしいワインが完成します。

今後、力を入れていきたいことを教えてください。

KABAJは、オーガニックやナチュラルワイン造りに移行しています。ワイン造りは子育てと一緒だと思います。いいブドウの収穫ができなければ、いいワインはできません。いい家庭づくりと一緒で、子育ては家庭づくりに欠かせない要素です。よい妻と出会い、そして家庭がつくれました。家族は私に耳を傾け、自身も家族に耳を傾けます。
ブドウ栽培は土壌に見合った品種のブドウ、つまりシャルドネのような国際的な品種ではなくレブラやフリウラーノなど地元の品種を植えることを重視しています。ほかの土地にないもの、その土地特有の品種を育てることで価値が高められます。伝統は先人たちの経験値です。200年、300年前の先祖たちが培ってきた、土地に見合った品種をわざわざ変える必要がないということです。

ワインのブドウ栽培は、トマトの生産とはわけが違います。生産高が増えればよいというものではないのです。自然に左右されながら、人の手で丹念に時間をかけて育まれるものです。いいワインを造ることは至難の業です。ワインの出来を左右する1番の要因はテロワール、2番は自然発酵による醸造です。これらが揃っていても、プラスアルファがなければいいワインを造れる可能性は0になります。

日本のみなさんへのメッセージをお願いします。

私たちのワインが日本の市場で販売できることは大変光栄です。今回、(インポーターの大野)みさきに招待してもらって2度目の来日となりましたが、さらに回数を重ねたいと思います。個人的にも日本が大好きですが、特に和食とスロヴェニアワインのコンビネーションには相乗効果があると思います。人生は限りあるもの。まずいワインや食事をするために生きているのではないでしょう(笑)?

日本のワイン市場は成熟した素晴らしいマーケットです。競争は激しいですが、やりがいがあります。日本のワイン好きの方の味覚はしっかりしており、よいワインを見分ける能力を持っています。残念ながら、僕はマーケティングのためのワインは造りませんけどね!

―――ありがとうございました!

編集長のあとがき

豊かな色合いは、最高のワインの息吹

ワインは頭ではなく、ハートで造るものーー自身の仕事をこのように表現するジャン・ミッシェル・モレル氏。それが彼の生き方だということは、行動に表れています。
フランスに生まれ、ボルドーで始まったキャリアですが、ラングドック、イタリア、ジョージアと転々として、たどり着いた最良の地がスロヴェニアでした。そこで、地元品種を尊重しながら、世界最古のクヴェヴリワイン造りもしています。クヴェヴリのワイン造りでは、何と12ヶ月もの長期醸しを経て醸造。ジョージアでもそこまでしている人はなかなかいません。強靭なブドウを育て、うまく自然発酵できる環境を整えるのはかなり難しいのが1つの理由です。まさに、妥協のないワイン造り。一方でスロヴェニアの自然と家族を愛する彼には、その時間こそが幸せなのでしょう。ワイングラスに映る豊穣の色は、ジャン氏が人生をかけて届けてくれる最高のワインの息吹なのです。

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この記事を書いた人

編集長のアバター 編集長 ライター/ワインエキスパート

東京に暮らす40代のライター/ワインエキスパート。
雑誌や書籍、Webメディアを中心に執筆中です。さまざまなジャンルの記事を執筆していますが、食にまつわる仕事が多く、ワインの連載や記事執筆、広告制作も行っています。東京ワインショップガイドは2017年から運営をスタートしました。

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