北海道でクヴェヴリワインに挑戦するKONDOヴィンヤード【第7回・見つけた道】

甕(かめ)で仕込む世界最古のクヴェヴリワイン造りが、いま世界に広がっている。ここ日本でも2017年からクヴェヴリワイン造りを実践している造り手がいる。それが、北海道空知地方の「KONDOヴィンヤード」近藤良介だ。なぜ彼はクヴェヴリでワインを仕込もうと思ったのだろう。その理由と挑戦の道のりを追った。

目次

土でできたクヴェヴリの力

© 2012 by Ministry of Culture and Monument protection of Georgia

世界にクヴェヴリワイン造りが広がり、日本でも近藤のような造り手が登場してきた。一方で、クヴェヴリやアンフォラを土に埋めずに安置して使う生産者もいる。最近は、陶器を水に浮かべるなど、さまざまな方法でワイン造りをする生産者もいる。クヴェヴリワイン造りをひと通り終えた近藤は、クヴェヴリがブドウに力を与えるその本質は土にあるのではと考える。

「クヴェヴリ醸造は、私の感覚では埋めて使うのが絶対条件。土から直接くるエネルギーもそうでしょうし、安定性という点でも大事。土の中は微動だにしませんし静か。ただ立てて置くのとは、外気の受け方、酸素の流入の仕方も異なると思います。温度・湿度も保たれますし、エネルギーという意味では土地の個性をも表現するのだと思います」

ジョージアでもクヴェヴリ醸造は「土に還す」という感覚があるようだ。2019年秋に日本で上映された映画『ジョージア、ワインが生まれたところ』の冒頭にはこんな言葉があった。

“収穫されただけでは完全ではない
土でできた甕を地中に埋める
ブドウを母なる大地に改めて預け直す”

ジョージアではブドウをワインにするときには、土に還すことが必然とされているのだ。ブドウを発酵させるというより、まだ不完全とらえる感覚にも驚く。ジョージアの人にとってワインはブドウと同じように土で完成させるものなのだろう。

ジョージアのクヴェヴリワイン生産者ジョン・オクロが来日した折に、クヴェヴリがワインにどんな力を与えるかを聞いてみたところ、次の答えが返ってきた。

「一番重要なことは、クヴェヴリは土でできてるから、ブドウに土のエネルギーを与えることができるんです。すなわち土の中で熟していくということですね。地面の下に埋まっているということでは、冬の熟成温度が一定に保たれます。それは非常に理にかなっている。その間、クヴェヴリは土でできている分、空気がとおるので、呼吸ができます。だからクヴェヴリの中のブドウというのは、他の容器とは違う熟し方になります。

フォルムがオーバル型である点も重要です。発酵で糖分をエタノールにしていく過程で、炭酸ガスが発生する。クヴェヴリの形は、オーバル型ゆえに発酵して温度が上がっていくとき、気流が発生するんです。さらに発酵中、1日2回、佳境に入ると3回かき混ぜる中で、自然な形で発酵が進むことになります。エネルギーが均等に混ざってるということでもあります。均等にというのが醸造にとって大切なポイント。その証拠にこうしたオーバル型のセメントで造られた発酵容器が、ヨーロッパでも流行しているんです」

考えてみれば土の中にブドウや微生物があるクヴェヴリの空間は畑と同じだ。クヴェヴリの中には小さな自然が宿り、ブドウや微生物は発酵中も呼吸しながら生きている。畑で成長するように、ブドウがワインとしてゆったりと熟しているのかもしれない。

もし私たちがブドウやワインの気持ちになれるとしたらーー
クヴェヴリに入った人が「母胎のなかにいるよう」とテレビ番組で表現していた。実際にKONDOヴィンヤードのクヴェヴリに入らせてもらったところ、気持ちが落ち着く感覚があった。ワインを造るうえではブドウが最も大切な要素だが、土で埋めることで土地の個性やブドウの力をさらに引き出すことを示唆しているのかもしれない。

現在、近藤は北海道江別市にある酪農学園大学の山口昭弘教授とさっぽろ藤野ワイナリー共にクヴェヴリ醸造の効果について、共同研究を始めている。クヴェヴリの効果を科学的にも実証しようとしてるのだ。

1つは、容器の違いによる発酵メカニズムがテーマ。野生酵母によってクヴェヴリで発酵させた場合と、野生酵母・培養酵母のそれぞれによってステンレスで発酵させた場合の3パターンで、酵母の動きや微生物の数を調査している。もう1つは、土でできたクヴェヴリがワインにどんな影響をがあるかを調査。樽醸造で樽由来の香りがつくように、クヴェヴリが液体に与える効果を調べている。

昨年はさっぽろ藤野ワイナリーの余市産のブドウを使って調査が進められ、今年はKONDOヴィンヤードのブドウで調査を実施。昨年の結果で、すでに今年の醸造に活きていることもあるという。ジョージア伝統のクヴェヴリ醸造がどのようにワインを造り上げているかがわかれば、現代の醸造家たちにとって新しい選択肢となるかもしれない。近藤は自分同じようにクヴェヴリでワインを造る仲間を増やしたい思いもある。ワイン造りに可能性が広がる有益な発見があることを願いたい。

挑戦は始まったばかり

© 2012 by Ministry of Culture and Monument protection of Georgia

2015年11月、パオロ・ヴォドピーヴェッツをきっかけにクヴェヴリの存在を知ってから始まった今回の挑戦。当初は日本でクヴェヴリワイン造りができるとは思っておらず、まずは北海道産の甕造りを模索。斜里町へ出かけて中村二夫の協力を得ることができ、池田町で本物のクヴェヴリも見た。そのうちジョージアワインの力強さにも惹かれ、どんどん思いが大きく膨らんだ頃、JICAの協力事業でジョージアへ渡れることになった。

心を躍らせながらジョージアに着くと、初日からブドウの違いを見せつけられたり、思いのほか何もしない醸造法に驚いた。帰国し、紆余曲折を経て手に入れたクヴェヴリをワイナリー開設とともに設置。初めてクヴェヴリで仕込んで何もしないワイン造りを実践した。

新しいことに迷いはつきものだが、信じた針路に歩みを進めたことで道筋がついたといえる。足跡をつけてきた一歩一歩が、糧となり、自分のブドウ栽培にも似た哲学だと確信を深めていった。それはクヴェヴリワイン造りが「究極にシンプルな醸造法」だったこと。近藤は、「今日、畑で考えていたこと」として、こんな話を聞かせてくれた。

「例えば、いま、プレス機は空圧式が主流になってますよね。でも、僕は垂直バスケット式が大好きなんです。上から圧力をかけるとジュースが搾れるとても単純な道具です。要は、現代の道具や知識がないとできないワイン造りには直感的に矛盾を感じています」


ジョージアでワインを造るのに使う道具は、そこにあるものばかり。土でできたクヴェヴリ、樹皮でできたブラシ、ワインを汲むのに使うのはひょうたん。道具だけでなく、そこで見たものはワイン造りの新しい出発点となった。

「8000年前の人が造ったワインを現代のものと比較するのはおかしいんですけど、ワインはそういうものから始まっている。自分はそういう表現をしたい。できるだけシンプルなやり方で、かつ飲んでも美味しい。この地域を表すそういうワインを造りたいと思っています」

ジョージアで見てきたクヴェヴリワイン造りは、自分がやってきたブドウ栽培に通じるものがあった。自然に還った土地を畑に選んだのも、混植をやってみたのも、ブドウの生理や自然の摂理に従った結果。自然発生的に生まれたものは強く、淘汰されないと栽培家の経験と直感で選びとってきた。クヴェヴリワイン造りもその1つ。クヴェヴリを知って、土に始まり、土に終わるワイン造りの原点に出会った。それは決して偶然でなく、必然性のある出会いだった。とはいえ、初めから目指すワインができるほど簡単ではなかった。

「単純だから奥深い。2、3年でできると思うな、と教えてくれた。おもしろいことに手を出しちゃったなと思ってますよ」

長く険しい道に挑むその言葉は決して悲観的でなく、内なる期待と野心があった。同時に、これまで以上にワイン醸造にブドウの栽培と同じような情熱が宿っているのを感じた。実際、醸造中もワインをケアする気持ちや行動が強くなっているという。来年からは、気持ちを整えた仕込み、ビジョンを描いたワイン造りが実践されるだろう。近藤は着実に新しいワイン造りのステップを踏んでいる。

ワインを造るアプローチはさまざま。地域の伝統に倣う、最新の醸造学や技術を駆使する、ビオディナミをやってみる、味覚や経験を信じる、そして自然の摂理や原始を尊重する。考えは組み合わされて、造り手の哲学ができあがる。おもしろいことに、どのやり方から心を打つようなワインができるかはわからない。しかし、信念を見つけ、自分を信じられる人は、どんなことがあっても突き進む強さがあると思う。

ワインは風土を語るもの。当たり前のように語られるこの言葉は、ワイン造りをする人にとって、最も難しい課題でもある。自らのワイン造りをする人は、それを本分として人生を生きているのかもしれない。その土地で最良のブドウをつくることももちろん大切だ。しかし、ブドウの力を最大限に引き出すために、それをどのように表現し、実現させていくか。ワインに造り手が介在する以上、挑戦は続けられる。近藤良介は北海道空知のブドウをどんなワインとして完成させてくれるだろうか。彼は醸造家としてそんな旅を歩み始めている。

今回の連載は、終わりです。近藤さんの歩みは引き続き、応援していきたいと思います。ありがとうございました。

お話を聞いたのは・・・
近藤良介
KONDOヴィンヤード代表
北海道空知地方でワインを醸造。
2007年に初めて畑を拓き、2020年で14年目。
ソーヴィニヨン・ブランやピノ・ノワールを
「タプ・コプ」「モセウシ」として瓶詰めする一方、
さまざまな品種の混植を「konkon」で瓶詰め。
2017年のブドウからkonkonをクヴェヴリで醸造。
2020年春にリリースを予定している。
<発売情報はHPにて確認できます>
http://www10.plala.or.jp/kondo-vineyard/
<KONDOヴィンヤードのワインが飲める店>
くりやまアンド・アム(北海道栗山町)

取材協力:今村昇平(円山屋)、太田久人(ヴィナイオータ )、岡崎玲子(ノンナアンドシディ)、浦本忠幸(さっぽろ藤野ワイナリー)、中村二夫(斜里窯)、安井美裕(池田町ブドウ・ブドウ酒研究所)、ジョン・ワーデマン(フェザンツ・ティアーズ)、ジョン・オクロ(オクロ・ワインズ)、山口昭弘(酪農学園大学)以上、敬称略・登場順

写真提供(一部):KONDOヴィンヤード、池田町ブドウ・ブドウ酒研究所、ジョージア政府観光局、ジョージア文化・遺跡保護省

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この記事を書いた人

編集長のアバター 編集長 ライター/ワインエキスパート

東京に暮らす40代のライター/ワインエキスパート。
雑誌や書籍、Webメディアを中心に執筆中です。さまざまなジャンルの記事を執筆していますが、食にまつわる仕事が多く、ワインの連載や記事執筆、広告制作も行っています。東京ワインショップガイドは2017年から運営をスタートしました。

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