大テーブルを囲んでイタリアワイン沼に溺れる
イタリアワイン阿部は、シンプルに言うと、ワインバーとワインショップが併設されたお店である。しかし、そこにはイタリアワインに引き込む仕掛けがたくさん用意されている。メインとなっているのは、中央にある大テーブル。ひとりで来た人も連れ立って来た人も、先客と集ってテーブルをシェア。注文できるのは、約30種類のグラスワイン。そのうち約20種類を占める「本日のワイン」は、ほとんどが850円だ。オーダーするときは、タイプや気分を伝えれば、阿部さんがいくつか選んで解説してくれる。このトークをテーブル全体で自然と共有できるのが、バーエリアの醍醐味だ。
自称・粘着オタク気質の阿部さんは博覧強記ともいえる人物で、長いソムリエ経験で培ったチューニング力を持つ。ホテル仕込みのサービスは洗練されているが、愛くるしい表情も眩しい。阿部さんが持ち前のプレゼン力を駆使してワインを語れば、テーブル全体にイタリアワインのムードが充満する。そこは、まるで至福のイタリアワイン沼。酔いも手伝って、テーブルからもレスポンスがくる。このバーでの反応を役立てているのが、ショップエリアのワインセレクト。お客からの生の反応が店の棚に顔として並ぶのだ。阿部さんは店全体のこの流れを「ラボ」と呼んでいる。つまり、バーとショップのどちらがなくなってもイタリアワイン阿部はない。バーを利用しても、ショップを利用しても、阿部さんの濃いイタリア愛の血が注ぎ込まれる。
イタリアはオタク気質をくすぐる底なし沼
2014年3月にオープンしたイタリアワイン阿部の店主を務めるのは、阿部誠治さん。イタリアワインのソムリエ一筋のキャリアを持つ。最初に入店したイタリア料理店ではコック志望だったそうだが、店の都合もあってサービス担当としてソムリエを目指すことに。その後、外資系ホテル内イタリアンレストランのソムリエとなって、サービスを洗練。世界のイタリアワイン界のワインリストを評価する大会では、シェフソムリエとして最優秀ワインリスト賞を獲得したことも。イタリアワインバーに移ってからも、腕を磨き、ソムリエコンクールでも受賞歴がある。
レストラン、ホテル、バーと渡り歩いた阿部さんが大テーブルを中心に据えたワインショップを開店したのはなぜなのだろう?
「独立するときは、今までと違うスタイルで挑みたかったんです。そこで、発想したのが大テーブルを中心においた店。この構想には、イタリアでの原体験がありました。ホテルソムリエ時代、Vinitaly(国際イタリアワイン展)を訪れた夜、ワイナリー主催のパーティーに行ったんです。200人規模の人数を10人くらいのチームに分けて、アメリカ人やドイツ人と大テーブルで食事することになりました。2時間半も食事をすると、国籍も思考も違えど、イタリアワイン好きという共通点がある。自然発生的に仲良くなったその雰囲気がおもしろかったんです」と阿部さん。イタリアワインを存分に楽しめるスタイルを考えたとき、大テーブルの体験を毎夜再現できたら、と思ったのだ。
店内の装飾は、モンテヴェルティーネ社の「レ・ペルゴーレ トルテ」のラベル画家アルベルト マンフレディ氏と『ジョジョの奇妙な冒険』荒木飛呂彦氏の絵画を中心に構成。カオスな阿部ワールドが展開されている。
どこを切ってもイタリア愛が溢れる阿部さん。イタリアワインの何がそんなに魅力的なのだろう?
「究極はイタリアという国が好きなんです。ワインだけじゃなくて、食文化として面白い。僕はオタク体質なので掘り下げがエンドレスにできるのが魅力。ワインでいうと、伝統は持ちながら、コンテンポラリーな価値がある国。でも、旧世界で唯一自分たちが築いたものを破壊できるのがイタリア。アイデンティティは持ちつつも、それまでのスタイルはあっさり捨てられる。そういう時代の表情に合わせられるところもいいですね」。いつまでも阿部さんを興奮させてくれる存在。それがイタリアなのだ。
ショップではワインをコンテンツとして売りたい
店内のショップスペースは、限られている分、セレクトした銘柄が揃えられている。阿部さんが目指すのは、「コンテンツ売り」だという。
「夏なら気分を盛り上げるシチリア、冬だったら鍋対策で北イタリアとシーズンごとに売りを据えて、ウィークベースで棚は変えます。バーだと、管理が難しいものも提供しますが、ショップは家庭で扱いやすいものが中心です。ローカルなお客さんも多いので、価格にコミットしたものも揃えています。イタリアだと3000円以下でも応えられるんです」。もちろん、相談すれば、バーと同じようにいくつもの提案をしてくれる。
「ソムリエは、評論家やスポークスマンではなく、プレゼンターでなければならないと思っています。例えば『若い頃に行ったボローニャの旅の味を思い出したい』という人には、地元でたくさん売られている素朴なワインを提案します。どんなワインにもそうした魅力がある。そういう発見をしてもらえたらと思っています」。一方で、ワインセラーの中には高級ワインや熟成したワインも隠れているので、記念日やプレゼントにも利用したい。
店内のレイアウトをチェック
店内のデザインやロゴは、世界的デザイナーの佐藤オオキさんによるもの。実は、阿部さんの高校時代の同級生だったそう。「ここまで真っ白空間になると思わなかった」と笑う阿部さんだが、佐藤さんの方でも現在のカオス空間になることは織り込み済み。阿部さんの趣味を見越して、真っ白なカンバスを用意したのかもしれない。
カウンターの奥にはキッチンもあり、おつまみやパスタも充実。食事も十分楽しめる。
ネッビオーロをお題にしたプレゼンをチェック
左から、①「ランゲ・ネッビオーロ2015」ジョゼッペ・コルテーゼ ¥3,010/②「ロエロ2015」マッテオ・コレッジア ¥2,500/③「ヴァルッテリーナ・スーペリオーレ コスタバッサ」サンドロファイ ¥2,860/④「ヴァレー・ダオステ・ドナス2016」カーヴ デ ドナス ¥3,250 *すべて税込み
阿部さんにおすすめワインを聞いたところ、イタリアの高級品種の1つ「ネッビオーロ」をお題にプレゼンしてくれた。ネッビオーロは3500円以下でもこんなに遊べるよ、というのを伝えたいとか!
「1は、バルバレスコを造る家族経営の老舗。バルバレスコの熟成を浅くとってる普段使いバージョンです。この中では香りがあってドライで鮮やかなスタイルになります。2の、ロエロは砂質土壌が入っている土地なので、早熟で渋みが出ない代わりに、香りが華やかにアロマティックに上がって表情が豊か。ネッビオーロの間口を広げる、親しみやすいワインです。これが4つのうちで一番ポップなネッビオーロなら、3は通好みのネッビオーロ。ヴァルッテリーナというスイスの手前30キロのエリアのワイン。ここに険しい崖に段々畑を築いて、熟度の高いワインを造っています。味わいはラベルにある墨絵のよう。ネッビオーロの深みが感じられます。4は、いい意味でマニア向け。ヴァッレダオスタ州といって3よりもさらに鄙びた山で造られた、腕のいい農家の組合によるワイン。散々ネッビオーロを飲んだ人に、ネッビオーロ北限の鄙びた景色を楽しむように味わってほしいですね」
イタリア生産者と一体になれるイベントも
イタリアワイン阿部では多彩にイタリアワインを楽しむイベントが企画されている。定期的にイタリアを知るイベントとして行われているのが「座談会」。ピエモンテ州のワインや夏のスパークリングというようにテーマを絞って、セミナー形式でテイスティングを交えて行われるものだ。生産者が来日したときに行われるのが「メーカーズディナー」。大テーブルを使って生産者とゼロ距離で質疑応答できるのが魅力。レストランでは味わえない濃厚な時間が経験できる。さらに、「そうめん流し」「花見ウォーキング」など季節を楽しむイベントも。毎回、SNSで告知されているのを見逃さないでほしい。
イタリアワインと食材 阿部
三鷹市井の頭3-31-1 井の頭レジデンス1F
0422-29-9106
17:00〜23:30(Bar LO23:00、土13:00〜)
日・第2月休
HP:https://italiawineabe.jp
Facebook:@italiawineabe
Instagram:@italiawineabe
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