砂丘の新ワイン産地・鳥取中部を訪問レポート

鳥取といえば、砂丘の美しい風景が思い浮かぶ。日本海に面した砂丘地は、観光地としてだけでなく、古くから農地としても利用されてきた。よく知られているのは、らっきょうや長芋の生産だが、鳥取中部の砂丘地では江戸時代末期からブドウが栽培されている。そして2017年12月には、「倉吉・湯梨浜・北栄ワイン特区」が新しく認定された。

鳥取中部砂丘地(北条砂丘)には、さまざまな農作物の畑が広がる。所々にクロマツの防砂林が植樹されている。

特区認定から4年、砂丘地でのブドウ栽培とワイン造りはどのように進められているのだろうか。2018年にUターンしてワイン造りを目指すスギモトヴィンヤードの杉本悟さんに、この地のブドウ畑を案内してもらった。

鳥取中部砂丘地でのワイン造りを振り返ると、明治末期から昭和初期ごろまで山陰葡萄酒合資會社で醸造されていた。現在に続くものとしては、1944年創業の北条ワイナリーがあり、長らく鳥取県で唯一のワイナリーだった。しかし、2017年にワイン特区に認定されたのを機に、2018年に倉吉ワイナリーが創業されている。そのためワイン用ブドウの栽培は、北条ワイナリーや倉吉ワイナリーの自園ブドウもしくは周辺の栽培農家のブドウとなる。

ワイン特区は倉吉市の丘陵地も含まれるが、主にブドウ畑が広がるのは鳥取県中部の東西13km、幅1.6kmにおよぶ北条砂丘エリア。日本海に注ぐ天神川を挟んで北栄町と湯梨浜町の海浜部にあたる地域を指す。さらさらとした砂地の土壌は水はけがよく、肥えすぎていないところがワイン用ブドウの栽培に向いている。一帯は、日本海側気候区に属し、平成28年の年間平均気温は15.3℃で、1月が4.4℃、8月が25.9℃。年間降水量は1,857.5mm、日照時間1635.5時間となっている。

30年以上も無農薬栽培を続ける「浜根農園」


まず、杉本さんに案内いただいたのが北栄町にある浜根農園。北条砂丘の農地全体でみてもひときわ異彩を放っているという。その理由は、早くから無農薬・無施肥の農業を実践しているところにある。当日は、浜根親子にその理由を聞きながら、ブドウ畑を見せてもらった。

浜根農園は、4代続く農家。地元に対しては収穫体験ができる観光農園として開かれているが、ネット通販や県外の法人からの注文も多い。ブドウは巨峰とマスカット・ベーリーAが育てられ、2020年はマスカット・ベーリーAが倉吉ワイナリーに卸され、スギモトヴィンヤードの試験醸造にも提供された。ブドウのほかに落花生やブルーベリー、さつまいもなどの農作物が植えられ、畑では豚が飼われている。

農作物は、1991年から少しずつ無農薬・無施肥が実践されている。ブドウは巨峰が樹齢40年弱(1983年植栽)、マスカット・ベーリーAが樹齢30年(1991年植栽)と成熟し、2012年頃から自家製ぼかし肥料(自園の植物を堆積し発酵させたもの)を使わない農業を視野に入れて徐々に肥料を減らし、6年かけて2018年に無施肥に成功。現在は、無農薬・無施肥、ホルモン剤不使用、有核のブドウが育てられている。

10月中旬に訪れたマスカット・ベーリーAの畑は、ちょうど収穫期の真っ最中。そこまで収穫を待ったブドウは、最高では糖度24%にも昇っているという。実際に食べてみると、甘く熟したおいしさが口いっぱいに広がった。

この辺り一帯も、多くの日本のブドウ栽培地が直面する雨の被害がある。実際に肥料を撒いていた当時はビニールハウスをかけていたが、ハウスは資材の高騰もあるし作業もひと苦労。将来に向けて、ハウスがなくても雨にも強いブドウになることが思い描いかれている。なぜそのようなブドウが育つことになるのだろう?

「簡単に言うと、畑の自然が生きているから。枝ぶりは細いけど、これが品質に結びついているんです。普通の農業だと、虫がつくからブドウの葉っぱも枝も防除しちゃうでしょ。でもそれは虫がつくほど肥料をあげてるから。そうじゃなくて、ここは、ゆっくりゆっくりと無農薬・無施肥で土壌をつくりあげてきたから、ちょうどいい環境ができていると思うんです。言ってみれば、この環境がブドウにとって1つの地球ですね。特に土は、表面、なか、奥といろんな菌が積み重なっていて、一番下は海のように豊かになっているんです。自分の畑だけでなく、人が手を入れていない山や草むらを毎日見て、自然からたくさんのヒントを教えてもらっています」

畑の循環作用がうまくいって、免疫システムのようなものが働いているのだという。そのなかで育ったブドウは、見た目に反して自然と強くたくましいのだ。

砂地の上には自然に落ちたブドウの葉がふかふかと積もり、その下はさらさらとした砂地になっていた。硬い板のような土壌になっている農薬土壌とは正反対だ。こうした豊かな環境は、無農薬・無施肥だけでなく、農作業にも余計な手を入れていないからできたとも話す。

「私たちは栽培暦だけじゃなくて、自然をよく見ながら農業をしています。セミやコオロギ、鈴虫など季節の虫の声がやるべきことを教えてくれるんです。自然も常に変化しているから何かに特化しすぎず、私たち農園も日々変化しています」

畑を見学させてもらった後は、休憩小屋でブドウや落花生をごちそうになりながら、無農薬・無施肥にするまでの苦労話などを聞かせてもらった。ブドウや落花生があまりにおいしくて、感激しながら食べているとそれをうれしそうに聞きながら「どんどん食べて」とすすめてくるパワフルでおもしろい良保さん。そんな父を尊敬し、素直に畑を受け継いでいる裕介さんは、穏やかだが言葉の一つひとつが力強い。今回は、見学がメインだったが、ぜひ次回は収穫体験をやってみたいと思って、畑を後にした。

無農薬・無化学肥料で栽培する前田章吾さんの畑へ

次に訪れたのは、北栄町の前田章吾さんのブドウ畑。脱サラをして、母親から畑を受け継ぎ4年前に新規就農を果たした。70aの畑には、甲州とマスカット・ベーリーA、ヤマ・ソーヴィニヨンが植えられているが、2021年は収量ゼロだった。実は、前田さんは、無農薬・無化学肥料での栽培を実践中。砂丘地の畑地を補う自然の草(有機物)を用い、土着菌を活性化。籾殻は堆肥化せず、マルチとして使用することで、自然に循環を促す栽培がなされている。

「すでに何年も慣行農法でくたびれていた畑に、こうした生産をもってきたので、どうしてもあるうまくいかない時期です。ただ、就農のタイミングは選べないので、やるしかないと思っています。一度でも畑に農薬をやってしまうと、それでしかバランスが保てなくなってくる。いまは時代の転換期にきていると思います。農法以前に生活様式から変えていく必要もある。やはり自然のバランスをうまく利用してやりたいと思っています。将来は、無農薬・無化学肥料で育てたブドウで、杉本さんに醸造をお願いできたらいいですね」

当日は、前田さんと杉本さんでこの地でのほかの農作物の無農薬栽培について意見が交わされていた。2軒続けて、自然な栽培を実践する農園を訪ねたが、決してこの地でそうした流れが来ているわけではないという。しかし、いずれ端緒になって行く可能性もあるだろう。

車を走らせていくと、ブドウ畑や長芋畑、らっきょう畑が続くが途中には、鳥取県園芸試験場砂丘地農業研究センターがあった。畑も隣接しており、そこでブドウや長芋、らっきょうの栽培技術開発が行われている。

鳥取県園芸試験場砂丘地農業研究センター。ハウスのブドウ畑も隣にある。

さらに進むと、北条ワインの醸造所がある。醸造所には直売店もあり、たくさんの種類のワインを購入できる。県道沿いにあって地元では、お土産を買うときによく利用されている。ちなみに、北条ワインの畑も辺りにはたくさんあるが、撮影禁止のため、掲載は見送った。

ワイン醸造を視野に就農「スギモトヴィンヤード」

いよいよ最後に訪れたのは、案内していただいたスギモトヴィンヤード・杉本悟さんのブドウ畑。天神川を隔てて湯梨浜町の長瀬地区にある、合計1.2haの畑をワイン用ブドウ畑。代々受け継がれてきたものの休耕地だった畑で2018年から就農している。

植えられている品種は、多種に渡る。メルロー、ピノ・ノワール、モンドブリエ、サンジョベーゼ、ヤマ・ソーヴィニヨン、ビジュノワール、シャスラ。ピノ・グリ、ピノ・ブラン、バッカス、シェンブルガー、ソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョ、テンプラニーリョ、ゲヴェルツ・トラミネールなどが植えられていた。

たくさんの種類を植えたのは、この地に適した品種を見極めるためだったと言い、3年育ててみて、ある程度結果もわかってきたため、今後は植え替えをしていく予定だそう。

スギモトヴィンヤードの土は、浜根農園よりもさらにサラサラしたこの地らしい砂の土壌。「掘っても掘っても、砂が出てくるんです」と杉本さん。

北条砂丘など鳥取中部の砂丘地帯は灌漑による畑づくりが一般的。スギモトヴィンヤードでも、スプリンクラーの中に配管をとおして、チューブから水が出てくるようにして給水されている。

4年目を迎えて、砂丘地のブドウ畑にはどんな特徴があったのだろうか?

「ワイン用ブドウは、エネルギーが有り余ると枝が暴れてしまいます。樹勢が強くなりにくいという意味では、水はけがよく肥えすぎない点は、砂地のメリットだと思います。つまり、砂地のアドバンテージは、施肥設計がしやすいこと。畑から肥料っけを抜くことができるので、コントロールができます。また、地温の上昇が早いので、春の目覚めが早い。宮崎の都農ワイナリーさんの1週間遅れくらいなので、日本のほかの産地よりも早いですね」

こうした特徴を活かして、どんな品種を選抜しようとしているのだろう?

「生食用ブドウなら糖度が上がればおいしく食べられますが、ワイン用ブドウは酸もしっかりと残らなければなりません。暑いと酸が落ちてしまうので、夜温がしっかりが下がって休める期間に成熟のピークを迎えられる品種がいいと思います。なので、赤の晩熟品種は難しい。色がつかなくても、早く摘み取って酸を活かした造りにできる早熟の白ワイン用品種がいいと思っています」

具体的に考えているのは、ピノ・グリやゲヴェルツトラミネール、バッカス、ミュラー・トゥルガウなのだそう。

“この土地に合ったものを作りたい”というのは、杉本さんがワイン造りを始めたきっかけでもある。杉本さんは、4年前まで、東京で看板デザインの仕事をしていたが、ゆくゆくは故郷に帰りたいと思って地元での仕事を模索した。

「大学では環境や地域性を引き出すデザインを勉強していたこともあって、土地の良さを引き出すものづくりに興味がありました。地元の砂地で作れる作物は限られていますが、そのなかにあったのがワイン用ブドウ。果樹栽培は手をかけた分だけ、実をつけてくれますし、実は祖父も密造酒を造るくらいワインが好きだったんです(笑)。ワインは、ブドウにはない香りが表れたり、グラスに入れてきれいだったりする。そういう人によろこんでもらえて、地域性も表せるというところがたまらんな、と思いました」

ブドウ栽培だけでなく、これまで試験醸造も4回経験している。

「試験醸造は鳥取県産業技術センターにある『ものづくり人材育成塾』でやらせてもらっています。そこに日本酒を造るための醸造室があって、その設備のなかで自分のワインの醸造計画を立ててやっています。2年目からは流れもわかってきたので、いろんな酵母を使ってみたりもしました。昨年採れたブドウは、近くのワイナリーに委託醸造をしています。そういう人の知恵を見ながら、経験を積んでいきたいですね」

鳥取中部砂丘地は、ワイン産地としてはまだまだ。しかし、そうした環境でも活路を見出しながらやっていきたいと話す。

「産地はつくろうと思ってもつくれません。天の時、地の利、人の輪がかみあって初めて産地になります。勝沼も余市も千曲川もそうやって産地になってきました。鳥取のワインは産地というにはワイナリーは少ないですが、例えば梨は有数の産地で、皇室に献上している人もいて、その分野では技術の蓄積と人材の厚みがあります。そういう人と議論すると考え方のヒントになることもある。地元の仲間やものづくり人材育成塾、委託醸造のワイナリーの方とも話ながらやっていきたいと思っています」

最後に今後、どんなことを見据えてワイン造りをしていきたいかを聞いた。

「誰にも嘘をつかない誠実なものづくりですね。栽培なんて誰も見てないから手は抜けるんですけど、自分に嘘はつきたくない。地に足のついた誠実なブドウ作り、ワイン造りが目標です。地元のブドウの良さをシンプルに反映される醸造をやっていけたらと思います」

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ワイン産地としては、これからという鳥取中部砂丘地。しかし、古くからのブドウ栽培農家や意欲をもって挑む新規就農者がしっかりと存在していることがわかった。砂丘地の特性を活かして、自分なりの栽培にトライしている姿が印象的だった。こうした人たちが新しい産地に風を起こしていくのだろう。鳥取中部は、ほかに琴浦町でもレストラン併設のワイナリー建設の予定がある。日本ワインの生産が全国に広がるいま、どのような展開を見せるのか、今後も注目していきたい。

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この記事を書いた人

編集長のアバター 編集長 ライター/ワインエキスパート

東京に暮らす40代のライター/ワインエキスパート。
雑誌や書籍、Webメディアを中心に執筆中です。さまざまなジャンルの記事を執筆していますが、食にまつわる仕事が多く、ワインの連載や記事執筆、広告制作も行っています。東京ワインショップガイドは2017年から運営をスタートしました。

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