連載:万華鏡ワインを造る人
さまざまなブドウが混ざりあって変化する万華鏡ワイン。伝統や品種にとらわれないワインの新しい表現は、ワイナリーの個性や醸造家の思いを最も映し出しているのかもしれません。
第2回目は、北海道のさっぽろ藤野ワイナリーの浦本忠幸さん。2017年ヴィンテージから北海道のブドウを使ったワイン「北海道シリーズ(ル・ノール、ラ・メール、ラ・ルート)」をリリース。ブレンドワインをフラッグシップとして掲げるために、どのような試行錯誤があったのかを聞きました。
ル・ノール、ラ・メール、ラ・ルート
2017年〜
北海道各地の契約農家で取れたブドウを混醸またはブレンドして瓶詰め。ル・ノール(赤)、ラ・メール(白)、ラ・ルート(ロゼ)はそれぞれフランス語で北、海、道の意。北海道シリーズと呼ばれている。
それぞれ4〜5種類のブドウを白とロゼは混醸、赤はブレンド(別々に仕込んだものをあわせる)して醸造している。赤のみ樽熟成。
ル・ノール2970円、ラ・メール2750円、ラ・ルート2640円
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目次
北海道のワインをシンプルに味わってほしい
聞き手=東京ワインショップガイド編集長・岡本のぞみ
今回は、ブレンドや混醸で造る北海道シリーズの話を聞きにきました。昨年のリリースから好評のようですね。
さっぽろ藤野には契約農家が10軒あります。2009年当初から社長が農家さんごとのブドウの個性を知りたいと、当時醸造していた近藤(良介)さん*にお願いして、それぞれで瓶詰めしてきました。僕自身もそれを知りたいと思っていたので、その路線は引き継いでいたんです。
*2014年まではKONDOヴィンヤードの近藤良介さんが外部アドバイザーとして醸造を担当していた
さっぽろ藤野ワイナリーに銘柄が多いのは、そういうことなんですね。
でも、そろそろ1つのタンクのなかで北海道らしさを見つけていく時期かなと思ったんです。
実際、僕と(もう1人の醸造家)秋元さんの2人で100のタンクを管理するより、10のタンクを見る方がいい。目の届く範囲じゃないと対応するのが難しくなってきた面もあります。
あと、ツヴァイはどうか、ピノはどうかと品種の枠組みで見られるよりは、北海道でできたブドウはどうかってことを、シンプルに味わってもらいたいと思いました。
うちは当初から野生酵母*で自然発酵してワインを造っています。技術的な話ですが、バッカス、ケルナー、ミュラートゥルガウのドイツ系品種って、培養酵母*でやる方が品種特性もはっきりするような気がしています。
*発酵の際に何も加えずブドウなどに付着した酵母で発酵させる野生酵母での自然発酵と、培養された酵母を添加して発酵させる2つのやり方がある。培養酵母は選び抜かれた酵母なのでスムーズに発酵が進む一方、その酵母の個性がワインの味や香りにも反映される。
え、そうなんですか!
でも、ある種の品種特性を培養酵母が担っている部分があるのかもしれないですね。
だからうちでやると品種特性は出にくい。培養酵母が近代的な造りの中で確立されたものだとすれば、僕らが目指すこととはずれる。自分たちの感覚では、いいワインってブドウがなりたいワインになっていくことだと思うんです。
自然な造りにこだわるさっぽろ藤野ワイナリーらしい視点ですね。
販売の面もありますよね。まとまった量になれば酒屋さんに安定的に置いてもらえるようになりますし。
はい。買い手としても、飲み終わってからも買いに行けばあるというのはうれしいです。
ブドウを育てる人や畑の姿が浮かぶワイン
北海道シリーズのワインはどのようにして造られているんですか?
定番といっても品種の構成は年によって違っています。例えば赤ワインのル・ノールは、2017年はセイベル13053が主体で、2018年はヤマブドウ系が主体です。
はい。毎年同じル・ノールを目指そうと思ってはいません。その分ちゃんと説明をしっかり書くようにしています。
そうですね。例えばルノールなら、ヤマブドウは北海道に自生している品種でセイベル13053は古くから植えられた品種。ツヴァイゲルトもそうですね。北海道らしい酸と野性味がある品種で、そこにメルローやピノを入れてバランスを取っています。
北海道らしい品種ということですね。やってみてどうでしたか?
品種の割合のバランスが取れて、結構いいものができました。でも、赤のブレンドの方がなじむのに時間はかかって、それぞれの品種が顔を出すときもあります。混醸してる方が最初からなじんで個性を補い合っている印象です。
浦本さんのなかでバランスが取れているというのは、どういう状態ですか?
品種の味わいよりも、その裏にある農家さんの姿とか風景を見てもらえるとうれしい。
「おいしいケルナーだよね」じゃなくて「このケルナーってどんな人が育てたのかな」、「どんな場所で育ったんだろう」とか。
そうですね。そこからさらに北海道シリーズは、北海道のイメージが見えるようなワインだったらいいなと思っています。
あんまり頭で飲んでもらいたくない。感じるままに飲んでもらいたいというのがあります。
ほんと。北海道シリーズは、素直においしいワインですよね。ル・ノールでいうと、2017年は木苺に森を散策しているような香りがあって豊かな風味はあるけど、旨みがすごいので重たくならず、塩みとスーッとした酸味が清涼感を与えていました。
そうですね。樽熟成しているのでヘーゼルナッツの香りもあるんですが、フレッシュさや軽やかさを感じてもらえるやさしい味だと思います。
2018年はヤマブドウが約44%を占めているんですね。あまりヤマブドウっぽさは感じなかったです。
はい。ヤマブドウもあまり抽出を強くしないで、薄めに造ったんです。それをベースにツヴァイやメルロー、ピノを入れ込みました。
そうですね。酸もしっかりあって北海道の野生種も感じられるんですけど、いろいろな料理に合わせやすいと思います。
はい。2017年も2018年もベースに旨みとしっかりした酸があるんですが、品種が変わるので香りや味に変化があって、毎年どんな味かなと楽しみになると思いました。
ブドウを信じてイメージを超えるワインを
先ほど、「ブドウがなりたい姿になるのがいいワイン」という言葉が印象的でした。そういう所に行き着いたのは何かあったんですか?
北海道シリーズは、まず2016年にロゼのみでスタートしているんです。2016年は気候的にブドウが獲れなかった年で、それまで搾汁率を7割で止めているところを、ハードプレスで最後にぎゅうぎゅう搾ったものやオリも全部入れたんです。もったいなかったから。
そのせいか、なかなか味がまとまらなくて熟成期間を取らなきゃいけなかったんですが、結果的にそれがすごく良かったんです。
醸造家としてこれを言うのはどうかと思いますが、自分で考えてやるよりも必然的にそうなったワインの方が自分のイメージを超えたワインに仕上がった。なるようになったもので経験を積み重ねる方がいいワインが造れるのかなと思ったんです。
自分の中でイメージすれば、そういうワインはできるかもしれないけど、それを超えるワインってできてこない。どんどん自分の可能性もワインにとっての可能性もつぶしちゃうのかなと。
2018年もセイベルがなくてヤマブドウでやったけど、それもすごく良かったし。だから北海道シリーズは北海道らしさを探すシリーズなのかもしれません。
北海道各地の畑と契約しているさっぽろ藤野ワイナリーにしかできないことかもしれませんね。
あと甕を使ってワインを造って思ったのは、ワインの発酵中に微生物にとってどれだけいい環境を作れるかっていうのも大事だなと思うんです。
甕を発酵容器に使うのは、ジョージアの世界で最も古くからやられている自然なワイン造りから発想されています。甕での発酵によって微生物がのびのびでき、発酵をスムーズにするねらいがあったということですね。
はい。発酵がグダグダになると微生物汚染のリスクも上がる。発酵容器もそうですが、いろんな品種を混ぜることでも発酵がうまくいくと感じています。
ケルナーは途中で発酵が止まりやすいんですけど、先に発酵が進んだミュラーやバッカスとブレンドすれば、その勢いで発酵してくれるんです。
それは品種だけじゃなくて、いろんな農家さんの畑のブドウが入ってくる方がいいような気がしています。
多分なんですけど、ある畑のブドウは畑に窒素が足りていなくて、還元臭が出やすいんです。ブドウについてる酵母が少ない場合も違う農家さんのブドウが入ってくれば補える。多様性があったほうがいい部分があると感じています。
ヴィンヤードシリーズで農家のブドウの個性を理解したからできたことなんですね。
いろんな品種っていうのも例えば、赤ワインの醸し期間が長くなってPH(酸性度)が下がってしまったときに酒石酸を入れるんじゃなくて、(酸度が高い)ヤマブドウ系を混ぜて仕上げた方がいい。北海道らしさも出るし。
品種のブレンドで風味に複雑さを与えるだけでなく、醸造のコントロールもできるんですね。
技術がないだけといえばそうなんですけど、ワインは自分が思っている以上になれると感じることが多いですね。
自分で判断してやめてしまうより、もうちょっとブドウを信じてチャンレジした方がいいということがあるんです。
醸造家の方の話を聞いていると、そう思います。期せずしていいワインができるというのは、醸造の神秘であり、ブドウの力ですね。
ジャン・マルクさんとワインを造ってるとき*に、「ワインは時間のかかるもの」だと教わりました。その感覚ってわかっていてもなかなかできないものなんです。
*ジャン・マルク・ブリニョ・・・ジュラで造るナチュラルワインが評判になったフランス出身の醸造家。現在は佐渡に移住。さっぽろ藤野ワイナリーと共同で「くまコーラ」というワインを醸造したことがある。
奥深いですね。ブドウやワインを見くびっちゃいけないと。
それはやればやるほど思います。僕は、岩見沢の管理畑を植え付けから任されていて、獲れたブドウでワイン造りをやると、また違う難しさを感じました。
今まで未熟果や灰カビがつくと徹底的にとって仕込んでいたけど、自分の畑のブドウだと冷静ではいられない。
でも、例えば熟していないから青くさくなるかもしれないと果梗(軸)を外して粒だけで仕込むんじゃなくて、全房発酵をやってみたら想像以上によかったということもあります。
自分で育てたブドウならおのずとなりたいワインがわかるような気もしています。
農家さんの凄さがわかりますよね。どんな年でも一定の収量をあげてくれるので。さっぽろ藤野は買いブドウが多いので醸造がメインのところがあるんですけど、本質を知るにはブドウを自分で育てなきゃと思っています。
栽培と醸造、両方の経験を積んでいくと、またやってみる選択肢が広がるのかもしれませんね。
これからは秋元さんがメインでやっていくことになるので、また変わっていくかもしれません。ただ、この路線は受け継がれるものにしていかなれけば、と思っています。
秋元さんも藤野の畑を管理されていますし、1つ1つのタンクの品質をとても重視していらっしゃいます。その冷静な観察眼と藤野らしいチャレンジングなところに期待しています。ありがとうございました!
さっぽろ藤野ワイナリーが北海道シリーズで探求しているのは、文字どおり北海道らしさ。余市、空知、道南に広がる契約農家それぞれの畑でできたブドウを、野生酵母によって自然発酵させることで、見事にさまざまなブドウの個性を溶け込ませています。
それを実現するため、浦本さんは自然発酵の神秘に挑むワイン造りをしていました。発酵が進みやすい品種と進みにくい品種を一緒にしたり、違う農家の畑によるブドウを合わせたり、品種特性の違いで酸度を調整したり、さまざまなかけあわせを利用して発酵をスムーズにする工夫を試みていたのです。浦本さんは「ワインのなりたい姿にする」と表現していました。
これは一見、自然にまかせているようで、実はブドウの個性をしっかりと理解しているため、リスクはかなりコントロールできているように思います。浦本さんはまだ若いですが、ブルース・カットラヴ氏や近藤良介氏の下で栽培や醸造を学び、6年に渡る経験を持っています。しかもさっぽろ藤野はかなり小仕込みなので、その現場を目の当たりにする機会も多く、するどい観察眼が身についてきたのでしょう。
浦本さんがこうした醸造に挑んだ背景には、さっぽろ藤野ワイナリーが当初から野生酵母によるナチュラルなワイン造りを志向し、北海道各地のブドウ畑の個性をみきわめてきたこと、どんなことも挑戦しなさいと背中を押してきたオーナーの伊與部さんの存在があります。つまり、北海道シリーズは、さっぽろ藤野のチャレンジ精神が開花したワイン。ボトルの中には、北海道のブドウの個性とこれまでのさっぽろ藤野の歩みが隠れています。野性味のある風味がのびのびとしていながら、いくつものブドウの旨味が重層化され、やさしい包容力を感じさせる、まさに北海道をイメージするワイン。2017年に始まったシリーズも年月を重ねるにつれ、ますますスケールの大きなワインに進化していくことでしょう。
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