甕(かめ)で仕込む世界最古のクヴェヴリワイン造りが、いま世界に広がっている。ここ日本でも2017年からクヴェヴリワイン造りを実践している造り手がいる。それが、北海道空知地方の「KONDOヴィンヤード」近藤良介だ。なぜ彼はクヴェヴリでワインを仕込もうと思ったのだろう。その理由と挑戦の道のりを追った。

ブドウの声に耳を澄ませるワイン造り

化学肥料や培養酵母と決別すべく独立を決意

自らのワイン造りをする人がたどる道にはさまざまな歩みがある。近藤良介の場合はブドウ栽培家が原点。これはいまも彼のワイン造りのベースだ。KONDOヴィンヤードのホームページには「ワイン造りの日常は、その大半がぶどう畑」と宣言のように書いてある。しかし、クヴェヴリとの出会いもまた必然と思わせるくらいその道のりの上にあった。

クヴェヴリとは、ジョージア語で素焼きの甕(かめ)をさす。この甕を土の中に埋めて、潰したブドウを丸ごと入れて醸造したのがワイン造りの起源とされ、その歴史は今から8000年前までさかのぼる。この自然で素朴なジョージアのワイン造りは長らく自家製で受け継がれていたため、あまり世に出てくることもなく守られてきた。しかし、1998年にイタリアの生産者ヨスコ・グラヴネルが取り入れたことで注目され、見直され始めている。こうした流れを知って導入したのが、北海道空知地方の「KONDOヴィンヤード」近藤良介だ。

北海道恵庭市出身の近藤は、高校を卒業後、神戸の大学に進学。将来を考えるに当たっては、農業をやってみたいという思いが頭をよぎる。しかし、親から受け継ぐ畑があるわけでなく、1から農業を始めるまでの決心がつかない。そんなとき、運良く北海道・歌志内に市営ワイン用ブドウファームの栽培技術者の募集があった。これがワイン造りのきっかけとなって、就職。ワインとの出会いは、意外にも偶然だったのだ。

とはいえ1998年に入社後はひたすらブドウ栽培にのめりこみむ。5年の歳月が過ぎる頃には、ブドウファームの農場長を務める逞しさを身に着けていた。そして農場長として4年目、ブドウ栽培に従事して8年目を迎えた頃、独立を決意させる転機が訪れる。

当時、育てたブドウのワイン造りを委託していた栃木県のココファームワイナリーのスタッフとの研修旅行だった。行き先は、フランスのロワール地方とシャンパーニュ地方。ロワール地方では、徹底した自然なワイン造りで知られるマルク・アンジェリと対面することができた。せっかくの機会だからと、自身が瓶詰めしたワインを手渡すも、アンジェリに香りを嗅いだだけで培養酵母(自然発酵でワインを造るのではなく、培養された酵母を添加すること。早く安定的に発酵できるメリットがある)を使用したワインだと言い当てられ、口にすらしてもらえなかった。同じワインを造る者として相当なショックだ。

それが契機となり、自分の考えで栽培や醸造をやれるよう独立を決意。化学肥料や培養酵母と決別すべく、自分の畑とワイナリーを持つことにし、歌志内のファームを退職した。2007年の独立後は歌志内と同じ空知地方に畑を拓く。独立と同時に拓いた三笠市達布山のタプ・コプ農場、そして2011年に岩見沢市栗沢町に拓いたモセウシ農場だ。

ブドウと共に生きるKONDOヴィンヤードの畑づくり

近藤のワイン造りは、畑づくりにその哲学がよく表れている。最初に拓いたタプ・コプ農場は、日本を代表するピノ・ノワール銘醸地ともいえる達布山にある。ここには、山崎ワイナリーやタキザワ・ワイナリー、宮本ヴィンヤードの畑もあるが、KONDOヴィンヤードの畑はかなり奥まった場所にあって、周りは森に囲まれている。畑を探していた2007年当時、そこは広葉樹林と雑草が生い茂った雑木林だったという。かつてはイモやスイカ畑だったが約20年が経過し、ほとんど自然に還った土地だった。たしかに急斜面で日当たりや水はけの良いところはブドウ畑として申し分ないが、なぜ耕作放棄地を選んだのだろう?

「耕作放棄地ならば、残留農薬の心配がなく自然なままの畑がつくれると思いました。畑の土地は農家にとって一大決心。さまざまな条件が頭に浮かびますが、見た瞬間にインスピレーションのようなものを感じました」

逆転の発想だった。その直感は、栽培家としての本能だろう。彼の頭の中には、空知の風土のなかでさまざまな植物と共に育つぶどうの姿が思い浮かんだに違いない。化学肥料が撒かれた土でブドウが孤立して育つポット栽培のような畑ではなく、自然界の生態系をもった土で育てられる環境こそが近藤にとって「宝」だった。

そして、自ら木をなぎ倒して整地し、1ヶ月以上かかって畑を拓く。拓かれたタプ・コプ農場は、自然の息吹を感じる景色が広がる。きつい傾斜地の畑のてっぺんから景色を見下ろしても、人の気配はない。鳥の鳴き声や風の音だけが聞こえるなかで、無心で作業ができる。近藤はただブドウと対話できる環境も手に入れることができた。後に、イタリアの生産者パオロ・ヴォドピーヴェッツはこの畑を見て「何かが起こる気がする」と予言めいた発言をしている。

一方の2011年に拓いたモセウシ農場の景色は、タプ・コプとは対照的。日本の多くのブドウ畑があるような扇状地ではなく、北海道らしいどこまでも広がる平原の中にある。この畑は、家付きの畑という条件を最優先に選んだ。「農家として生活の一部に畑がある生き方を選びたかった」という。実際に、ブドウ畑の隣に自宅があり、朝飯前に畑を見る暮らしをしている。後にワイナリーも自宅の隣に建てられた。この畑からは、ブドウと共に生きるという信念を感じることができる。

混植は近代農業へのアンチテーゼ

2つの畑には歌志内でも実績のあったピノ・ノワールやソーヴィニヨン・ブランが中心に植えられているが、独自の栽培にも挑戦している。それがさまざまな品種を同じ畑で育てる「混植」だ。実に全体の3分1もの量を混植にし、モセウシ農場ではその比率も高くなっている。混植は「近代農業のアンチテーゼのようなもの」とホームページに書いてある。どういうことだろう?

現在、世界中の多くのブドウ畑には、単一品種が植えられ、混植は世界的にみても珍しい。というより、ブドウに限らず農作物が品種ごとに植えられているのは、現代農業にとって当たり前の風景だ。栽培が効率的にできるだけでなく、市場にも売りやすい。ワイン愛好家は、品種別にワインの味を覚えているからだ。日本のワインショップでは国別でワインが陳列されていることが多いが、品種別にワインが売られている国もある。そうした傾向に対して、近藤は「品種名がラベルに書いてあると、知らず知らずにその品種の個性を探してしまう」と話す。

「例えばピノ・ノワールを買ったら、その認識から入るんです。でも、混植の場合は、品種のことを考えなくて済みます。つまり、品種の個性より、土地や畑の個性が勝るんです」。この言葉には、ハッとさせられた。確かにピノ・ノワールを買ったら、無意識にピノ・ノワールらしさを求めてしまう。ワイン好きならば、由緒あるブルゴーニュに似たものを求めてしまうことも考えられる。当然ながら、せっかくのそのワインや土地を感じとれなくなってしまう。近藤は混植によって、素直に空知のワインを表現し、飲み手にも感じてもらいたいのだ。実はクヴェブリ醸造のワインは、このブドウが混植混醸されている。

混植には栽培上のメリットもある。近藤の混植スタイルは文字通りごちゃ混ぜ。ソーヴィニヨン・ブランなど約10種類の白ブドウを中心に植えられ、黒ブドウのピノ・ノワールも混ざっている。初めてブドウを植えた時から混植をやっているが、それは歌志内のファーム時代の経験がきっかけの1つだった。

「ブドウは品種ごとにかかりやすい病虫害が違います。歌志内の畑で実際に見た現象なのですが、ある病気に強い品種のなかに、間違って弱い品種が植えられていました。そのときは最低限の防除しかやってなかったのに、弱い品種も病気になっていなかったんです。学校のクラスって、色んな子どもがいて影響を受けあって成長するでしょ。ブドウにもそんな関係性があるのかなと思いました」

混植はある意味、自然の摂理を利用した方法といえるかもしれない。

混植をしてみると、栽培家にとって最も大切なことにも気づかされた。混植だと、品種ごとに効率的に作業スケジュールを立てることがなくなるため、当たり前に1本1本に目をかける習慣がついたという。「造り手がおもしろがりながらブドウ栽培ができる」とも表現している。長い目で考えると、細かい農作業が必要なブドウ栽培にはかなり重要なこと。栽培を流れ作業と捉えることなく、ブドウと造り手の距離をぐっと縮めてくれるのも混植のよさだと教えてくれた。

自然の生態系のなかでブドウを育てたい

KONDOヴィンヤードの畑は植えてある品種だけでなく、畑づくり全体もおもしろい。畑に足を踏み入れると、ブドウの周りに勢いよく草花が生い茂っているのに気づく。その中にはクローバーのような葉の丸いマメ科の植物もあれば、シュッと鋭いイネ科の植物も、可憐な花を咲かせるキク科の植物もある。周りの植物も人間の都合で整えられておらず、雑草というには随分と主張がある。近藤は畑にあるこれらの植物の1つ1つを観察していて、その種類は年を追うごとに増え、現在は50種類を超えているという。畑には小さな草花だけでなく、開墾時に「全部倒すのがもったいなくて」と残した木が時々あるのも畑にアクセントを加える。今では木は大きく成長し、作業の合間にひとときの木蔭をもたしてくれるという。

畑は季節によって表情を変え、春から夏にかけては色とりどりの花が咲きほこり、まるで天国のような風景になる。甘い香り誘われて、蝶や虫もにぎやかに飛び交っている。30℃越えの真夏日にタプ・コプを訪ねると、急斜面を登るのにハアハアと息をするたびに畑の緑から鼻先まで草いきれが立ち込めていた。土は肥えてふかふかしているから足もとられる。春から秋の雪のないは、畑からうごめくような自然のエネルギーを感じることができた。

いや、雪のある冬もそれは変わらないのかもしれない。保温性のある雪の下では微生物が活動している。その証拠に雪解けの季節には、近くの農地に先がけていち早く畑の土が見えはじめるという。冬の間も畑にはふつふつとエネルギーが蓄えられているのだ。近藤自身、畑へ出ると、雪がとけたあとは春の訪れを土の匂いと共に鮮烈に感じるという。にぎやかな春が始まる前ぶれだ。畑には豊かな自然の生態系が一年中活発化している。こんな豊かな環境で育っているから、馥郁たる香りと鮮やかで複雑な味を閉じ込めたワインになるのだと思った。

今となっては自然にそうなったようにも見えるが、どちらの畑も土壌づくりの段階で、豆科のアカツメクサ(クローバー)や大豆、エン麦などが植えられたり、稲わらが撒かれたりしている。これらを緑肥として鋤き込んだり、伸びた雑草を堆肥やマルチ(覆い)として利用したおかげで土地が肥え、さまざまな植物が宿った。多様な植物の中には病虫害と拮抗するものもあって、ブドウが守られている。土の下でも、活発になった微生物の働きでブドウに養分がスムーズに届けられている。化学肥料を使えば、こうした土の中で活躍している微生物やミミズが死んでしまい、雑草も生えない。KONDOヴィンヤードの畑は、自然の営みに従った生態系をつくることで、そのサイクルの中で恵みの詰まったブドウが育てられている。

“母なる大地”とは言うが、まさしく土壌はさまざまな生命を生み出す存在だ。そこで生み出された微生物も含めた生物相とそれらの関わりこそが豊かな恵みをもたらす。化学肥料で土に暮らす生き物を死滅させ、バランスを壊すべきではない。

畑を拓いて、タプ・コプは12年、モセウシは8年が経過し、それぞれが持つ畑の個性が出てきている。そのため、今はそれぞれの畑でアプローチが変えられている。タプ・コプは十分に畑が肥えてきたので、施肥も耕起もしていない。モセウシは昨年からフランスでやられているように馬を使って土が耕やされている。そして2020年からは、畑づくりにも新たなアプローチを取り入れようとしている。

ブドウ栽培に理想はない

KONDOヴィンヤードの近藤良介、近藤智子

畑には、近藤の思いがすべて凝縮されている。これまでに培った経験や養われた直感、長い冬の間に思い巡らせた考え、そして何より1つ1つのブドウの声に耳を傾けてきたことが実践されている場だ。自然に還った土地や住まいのある土地を選んだのも、目をかけられる栽培方法も、すべてブドウの立場で考えて見つけた方法。土づくりや草生栽培のヒントになっているのはさまざまな自然農法だが、必ずしも無農薬・有機栽培に頑なになっているわけではない。その立場をブログの中でこう示している。

「ぶどうが本当に必要としていることを見極めること、人間の勝手な思い込みでおせっかいを強いてはいけないこと、このことを強く意識しておく必要があると思っています」

トラクターで畑を耕し、化学肥料を撒き散らし、雑草や害虫を根絶やしにしてしまうのは、人間のおせっかいという以上に、ブドウを弱らせてしまう。そうではなく、自然の生態系のなかでブドウが幸せな生育を遂げることのできる環境が用意されているのだ。

近藤のブドウ造りには、大規模なワイナリーの醸造責任者が理想を追求するのとは真逆の精神性を感じる。実際に醸造家といわれるのを嫌い、あくまでも自分は栽培家だと言い切る。決して意図的にデザインしようとはしない。ひたすら自然に逆らわないブドウ栽培を実践するのみだ。現代農業を知った人にとって、迷いが生じることもあるだろう。しかし、そんなときこそ迷ったらブドウの声を聴き、自然の生態系を頼りにする。言うなれば、この土地に植えたブドウの力を最大限にすることを使命としている。

お話を聞いたのは・・・
近藤良介
KONDOヴィンヤード代表
北海道空知地方でワインを醸造。
2007年に初めて畑を拓き、2020年で14年目。
ソーヴィニヨン・ブランやピノ・ノワールを
「タプ・コプ」「モセウシ」として瓶詰めする一方、
さまざまな品種の混植を「konkon」で瓶詰め。
2017年のブドウからkonkonをクヴェヴリで醸造。
2020年春にリリースを予定している。
<発売情報はHPにて確認できます>
http://www10.plala.or.jp/kondo-vineyard/
<KONDOヴィンヤードのワインが飲める店>
くりやまアンド・アム(北海道栗山町)

写真提供(一部):KONDOヴィンヤード