「ワイン好きの夢を実現したワイナリー」ル・レーヴ・ワイナリー本間裕康

私たちがワインの造り手に憧れを抱くのは、彼らの理想に夢を見させてもらっているからだと思う。ワイン愛好者の延長で、その理想を全うしようとしている者には、さらなる期待をかけずにいられない。優れた飲み手の理想は高く、追求するものが大きいからである。

ル・レーヴ・ワイナリーの本間裕康は、20代の頃からワインに親しみ、国内外のワイナリー巡りを趣味としてきた。30代半ばで一念発起し、仕事を辞め、ワイン造りに人生を賭けている。「ル・レーヴ」とは、フランス語で「夢」。彼の夢は、多くのワイン愛好者が抱く夢としてまさに今、大きくふくらんでいる。

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ワイン愛好者からワイン生産者へ


本間裕康がまだワイン愛好者だった頃、通いつめていた場所がある。札幌・すすきの近くにあるワインショップフジヰだ。土曜の午後になると、約16種類のテイスティングができる名物イベントがある。彼は20代の頃から、ここでテイスティング経験を重ねた。

「フジヰの試飲会は、今週はボルドー、来週はブルゴーニュといった具合に毎回テーマが決まっています。ワインを飲むようになってからは、毎年テーマとなる産地を決めて、勉強しようと決めていました。だからあの経験は、生産者になった今でもバイブルになっています」

産地ごとにテーマを決めて世界中のワインを探っていたとは、研究肌の愛好家だったことがうかがえる。探究心が強いのは、本来の性格なのだろう。それは仕事にも発揮されていた。本間のその頃の職業は、医療技術者。病気と向き合い、全力で取り組んでいたことから、患者や医師から信頼を得て、充実した仕事をしていた。そんな仕事を辞めてまでワインの道に進むには、いくつかのきっかけとなる足がかりがあったという。1つめは、北海道のブドウで造られた珠玉のワインに出合ったこと。

「世界のワイン産地をテーマにテイスティングしてきて、最後に残った産地が日本でした。今から10数年前の当時は日本ワインが少しずつ良くなっていると聞いていた頃です。そのときに出合ったのが『クリサワブラン』。間違いなく衝撃を受けました。自分の住む北海道で、こんなアルザスのようにきれいな白ワインが造れるのかと驚いたのを覚えています」

その後、フランスやカリフォルニア、勝沼などの産地を訪ね歩くうちに、栽培や醸造にも興味を持ち始める。そして2013年秋、ワイン好きの仲間とキャンプした帰り、新しく余市にできたワイナリーに寄ってみようという話になった。落希一郎氏がオーナーを務めるオチガビワイナリーだった。

「そこで落さんに捕まって、『君たちみたいな若い夫婦がワイン造りをやってくれたら地域活性にもなる』、と1時間くらい口説かれました(笑)。それだけで、その気になったわけではありませんが、少し考えてみようかと思ったんです」

いろいろと調べてみると、日本にも脱サラして個人でワイナリーを経営している人がいることがわかった。余市ではリタファーム&ワイナリーの菅原由利子氏、新潟ではフェルミエの本多孝氏やカンティーナ・ジオセットの瀬戸潔氏がいた。運命の1本だったクリサワブランを造る中澤一行氏もそうだ。調べてみたところ、5、6人はいたことが強い後押しになり、ワイン造りの道に入ることを決意した。

仁木町・旭台に見つけた未来のワイン郷


ワイン生産者になると決意するや、どんなワイン、どんなワイナリーを造りたいかの構想が溢れてきた。

「ワイナリーを建てるなら、カリフォルニアのナパ・ヴァレーのように、ブドウ畑の前にガーデンをあしらってみたい。その前で小さくてもカフェがあったらいい。日本にはまだ少ないスタイルですが、畑を見ながら飲んで食べて、というのは、すごくいいなと思っていました。自分が造りたいのは、クリサワブランやマルセル・ダイスのように、自然できれいなワイン。いろいろな品種を織り交ぜた混醸ワインを造ってみたい、とも思っていました」

愛好者として培ってきた経験をもとに理想のワイン造りを追求しようと、夢はふくらんでいた。もちろん、夢は実現するためにある。さっそく、自分の思い描いたプランを実現するため、2014年から2015年にかけて、2年間、オチガビワイナリーで研修を始めた。

「研修ではワイナリーの1年間のサイクルを身体で覚えました。オチガビは、ブドウ畑の前にガーデンやレストランがあるスタイルなので、そうしたワイナリー造りについても学びました。栽培は、オチガビと契約農家の安芸農園さんで学び、ブドウ畑の管理の大切さを勉強しました」

その間、2014年に畑を探していた本間にとって、追い風となる動きがあった。当初は余市で畑を探していたが、仁木町旭台地区にワイナリーを誘致する構想があり、町が支援を表明していた。仁木町は余市町に隣接したフルーツの町で、余市と同じように果樹栽培の適地。旭台地区は余市川の左岸にあたり、オチガビワイナリーとも近い。当時は募集が始まったばかりで土地も選び放題だったと言う。

「最初の募集に手をあげることができて、理想的な南向きの土地を入手できました。ワイナリー構想は無事に進み、旭台地区にはニキヒルズさんやうちなど4軒のヴィンヤードやワイナリーが集約されています。山梨の勝沼をみてもそうですが、旅行でまわるにも1軒だけぽつんとあっても難しい。ニキヒルズさんのような大きい施設があって、うちみたいな個人のところが何軒かあれば、ツーリズムも組みやすくなって、いろんな相乗効果があると思います」

こうして、3.4haの畑を取得して造成をかけ、2015年に1.9haのブドウ畑に苗木を植栽。思い描いていた混醸ワインを造るために7種類のブドウを植えた。

栽培も醸造も、理想のために試行錯誤


植栽から5年。ブドウ樹は成長し、日差しが明るく降り注ぐ芝生敷きの美しいブドウ畑となっていた。畑の前は小さなイングリッシュガーデンで彩られ、カフェを併設した宿泊設備もある。カフェでは、ここで獲れたブドウを使った2種類のワインが楽しめる。ワインの銘柄名は「Musubi(ムスビ)」。初ヴィンテージとなった2018年は「ムスビ」「ムスビ アナザーストーリー」の2種類がリリースされている。2020年9月には醸造免許も取得し、ワイナリーもいよいよ始動する。

振り返ると当初の3年は一筋縄ではいかないことも多かったという。南向きの畑は、陽当たりはよかったものの、窪地になっている箇所があって、斜面にならすのに造成が必要だった。さらに、3年目の収穫には獣害にも遭った。

「造成した箇所の一部ですが樹勢が弱くなって、そこだけ伸び悩みました。2018年の初収穫もアライグマに食べられて、予定の3分の2ほどしか収穫できませんでした。でも、樹勢が弱い分には堆肥をあげればいい。獣害に対しても低い電柵を張り巡らせたので、翌年からはほとんど被害はありませんでした」

予定外のことも起きたが、うまくリカバリーして、樹の成長へと繋げた。いま見ると、そんな苦労はなかったかと思うほど、ブドウは均等に成長し、きれいに整えられている。

3年目からはワイン醸造の修業をするべく北海道岩見沢市にある「10Rワイナリー」の門を叩いた。ここは将来ワイナリーを持つ農家が、育てたブドウを持ち込んで醸造を委託する場。基本的には、自分の思うように仕込んで、必要なときにベテラン醸造家のブルース・ガットラヴ氏からアドバイスをもらう。近年は将来ワイナリーとしてデビューする北海道の20軒ほどが委託醸造しているため、学校のようでもある。ここで醸造を経験したことで、大切な発見があったと言う。

「10Rワイナリーでは、いろんな生産者さんのブドウが入ってきて、それを食べてみることができます。生産者ごとにいろんなワインの造りが見られたのも、おもしろかったですね。ここでは、それぞれが仕込んで醸造されたばかりのワインを飲んで、一人ずつ皆の前でコメントを発表します。そこで思ったのは、健全なブドウだと何もしなくても順調に発酵してくれて、オフフレーバーがでるリスクは少ないこと。造り手として、健全でいいブドウを栽培するのが一番だと感じました」

10Rワイナリーでは醸造だけでなく、ブドウ畑も参考にした。いろいろな畑を見るのは、造り手になった今も大事にしていること。ル・レーヴ・ワイナリーでは、シャンパーニュ地方のマルヌ剪定などをベースにしているが、10Rワイナリーのやり方を見て、岩見沢で実績を出しているシャブリ剪定も一部、取り入れた。その結果、芽飛びがなくなって順調に育っていると教えてくれた。同じ産地のいいところを柔軟に取り入れるのがル・レーヴ・ワイナリーの方針だ。

味わいと縁を結ぶワイン「Musubi」


こうして当初の思いのとおり、栽培に関して、万一の場合に備えて化学農薬の選択肢は持っているものの、基本的にはボルドー液を中心とした減農薬栽培で新梢管理やキャノピーマネジメントをしっかり行った上で農薬散布量を減らす努力をしている。醸造も野生酵母の自然な造りに従って初ヴィンテージのワインを完成。「ムスビ2018」は、ムニエ、ピノ・グリ、トラミナー、シャルドネ、ドルンフェルダー、ピノ・ノワール、メルロの7種類を混醸した。醸造中は、香りにも味にも注意を払ったという。

「ファーストリリースは、すごく大事なもの。初年度のワインは、オフフレーバーのないきれいなワインを醸造したいと思っていましたが、思いどおりに造れました。ワインには、いろいろな品種が混ざっていますが、“ムスビ”の名前のとおり、一体感があったほうがいい。まとまりのあるワインになったと思います」

ムスビ2018を飲んでみると、きれいに熟した味わいで、中盤に果実味がはじけるように広がるのが印象的だった。初収穫でこれだけ果実味があるとは驚いた。醸造中の味わいのスケッチには、これまでのテイスティング経験が生きている。「そこには絶対の自信がある」と強い言葉が返ってきたのも印象的だった。ヴィンテージを重ねるに連れ、香りにも品種由来のさまざまな香りが加わっていくのだろう。改めて名前の由来を聞くと、本間夫妻のワインに対する思いが込められていた。

「ムスビには、2つの意味があります。まず、いろいろな品種が混ざっているので、それらが結ばれてできたという意味。もう1つは、飲まれた方がいろんなご縁で結ばれればとの願いが込められています。ラベルは着物をイメージして、ニセコの切り絵作家の方にデザインしてもらっています。毎年、ヴィンテージごとに着物の色や柄を変える予定です。うちの夫婦は、結婚記念日に毎年あるワインのヴィンテージ違いを飲むことに決めているんです。そんなふうに記念日に飲んでいただけるワインになったらいいですね」

ル・レーヴ・ワイナリーは、ワインにもワイナリーにもワイン好きを喜ばせるストーリーが仕掛けられている。「ムスビ」は、ワインショップやレストランでも扱われるが、ワイナリーやワインクラブ会員への提供を優先し、なるべく自分たちの思いが届けられるように配慮されている。今年からワイナリーができたことにより、スパークリングワインなどを小仕込みで造ってワイナリー限定ワインとして提供するプランがあることも教えてくれた。

本間裕康は「行動する理想家」だと思う。理想主義と現実主義は相反するものだが、そこにかけ橋がある。理想のために現実にやるべきことに忙しいのだ。聞かせてくれた3年目までの畑づくりの苦労話は、実際は大変な思いをしたと関係者から聞いた。しかし、そんな話をするときも軽やかな笑顔と共にある。多少の挫折は、夢の前では大した障壁ではなかったのだろう。いつもハットやキャスケットをかぶっているのも、スマートにゲストを迎えるためのサービス精神。こうした1つ1つを突き動かしているのは、ワイン愛好者だったときの夢を裏切りたくないという思い。それは同時に、この夢はワインを愛する人たちを喜ばせるものであることを理解しているのだ。これからどんな夢を私たちに見させてくれるのか。ル・レーヴ・ワイナリーが北海道の大地で叶える大きな夢を見届けたい。

話を聞いたのは・・・
本間裕康
ル・レーヴ・ワイナリー代表
北海道札幌市生まれ。
医療技術者を経て、2015年仁木町に
ル・レーヴ・ワイナリーを設立。
「Musubi」ブランドでワインを造り、
カフェ・宿泊設備のあるワイナリーを運営している。
 https://le-reve-winery.com/

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この記事を書いた人

編集長のアバター 編集長 ライター/ワインエキスパート

東京に暮らす40代のライター/ワインエキスパート。
雑誌や書籍、Webメディアを中心に執筆中です。さまざまなジャンルの記事を執筆していますが、食にまつわる仕事が多く、ワインの連載や記事執筆、広告制作も行っています。東京ワインショップガイドは2017年から運営をスタートしました。

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