ピノ・ノワールをつくる人 第1回 木村農園 木村幸司 前編

連載:ピノ・ノワールをつくる人 
ピノ・ノワールは、ワインを愛する人にとって特別な響きを持ちます。及びもつかない表現力で、飲む人をしなやかに魅了するワインは、どのように育み造られているのでしょうか?

第1回は、北海道余市でピノ・ノワールを育てる木村農園の木村幸司さん。木村農園といえば、父子2代で余市にピノ・ノワールの可能性を見出した立役者。ピノ・ノワールを栽培し始めてから30数年経つそうですが、成功したと感じられたのはこの10年くらいのことだとか。そこに至るまでにどんな苦労があったのでしょうか?

木村農園

北海道余市町でブドウを育てる栽培農家。8.5haあるブドウ畑のうち5haがピノ・ノワール。そのほかはケルナー、シャルドネなど。千歳ワイナリー、ココ・ファーム・ワイナリー、10Rワイナリー、農楽蔵に醸造用ブドウを提供。かつては、ドメーヌ・タカヒコにも提供していた。

目次

りんごから醸造用ブドウへ転換

《 聞き手 》東京ワインショップガイド編集長・岡本のぞみ

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編集長
今日は余市にピノ・ノワールを広めたといっても過言ではない、木村農園とピノ・ノワールのストーリーを探りにやってきました。
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木村幸司
はい。
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編集長
最初にピノ・ノワールを植えられたのは、いつ頃だったんですか?
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木村幸司
30数年前になりますか、1985年でした。
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編集長
きっかけは何だったんですか?
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木村幸司
うちは祖父が青森からりんごを作りたくて余市にきたんです。この辺りはみんなりんご農家でした。でも親父(忠さん)の代になってしばらくして、りんごの価格が下がった。
それに代わるものとなったときに醸造用ブドウという話になって、みんなで一斉に植えたんです。
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編集長
どんな品種を植えたんですか? 
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木村幸司
1年目に50aほどケルナーを植えて、2年目にはピノ・ノワールを50a。そうやって50aずつ増やしていって、中にはミュラートゥルガウや白のセイベル系統もありました。
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編集長
ほかの黒ブドウは植えなかったんですか?
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木村幸司
当初はピノ・ノワールを植えた人も多かったんですが、まともなものができずに、ツヴァイゲルトレーベとか違う品種に切り替えた人がほとんどでした。でもうちは、タイミングを逸して、最後に残っちゃった(笑)
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編集長
……じゃあ、続けるかと(笑)
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木村幸司
そんなところです。

ピノ・ノワールを広げる決断

仕立て方は、水平コルドン(短梢)。2019−2020年の冬は雪が少なく、保温効果のある雪にブドウ樹が埋まらなかったものの、心配していなかった木村さん「余市は北海道ではさほど冷え込まないので」。
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編集長
最初はどこかのワイナリーに頼まれて植えられたんですか?
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木村幸司
いや、自主的に(余市の)みんなで集まって契約先を探すところからです。最初は、はこだてわいんさんと契約しました。苗木を植えて3、4年目くらいには目標の数値をオーバーするくらいになったんです。
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編集長
順調に根付いたんですね。
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木村幸司
はい。収量が見込めることになったので、それぞれがはこだてわいんに残ったり、北海道ワインに移ったりしました。
うちは、中央葡萄酒(現・千歳ワイナリー)さんから声がかかり、ピノを作ってくれないかと頼まれ、じゃケルナーも一緒にという流れ。
その後、ミュラーがなくなり、セイベルがなくなりという感じですね。
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編集長
ピノ・ノワールとケルナーが残ったと。 
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木村幸司
はい。10年ぐらい、ほぼピノ・ノワールとケルナーだけでやってました。
その後、ココ・ファームさんとつながりができて、シャルドネやピノ・グリ、ピノ・ムニエも植えたんです。
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編集長
いまのようにピノ・ノワールを広げていったのは、幸司さんがお父さんに進言したから、というのを聞きました。木村さんが就農して数年経った90年代後半くらいですかね?
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木村幸司
はい。その頃、増やすか増やさないかっていう話を親父としてたときに、道職員の方に、「ピノ・ノワールは武器になる」と言われたんです。
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編集長
ほう。
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木村幸司
世界的に有名な品種だからっていうのもあって。ただ、そこまでおいしいものが作れるのかはわからなかったんですけど、誰もやってないんだったら続けてみようかっていう。
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編集長
畑のブドウに可能性も感じていたんですか?
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木村幸司
いやその頃は、今のようなものができるとは夢にも思ってなかったです。
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編集長
当時のブドウは今と全然違ったんですか?
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木村幸司
全然、違った。違う品種じゃないかっていうくらい(笑)
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編集長
(笑)
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木村幸司
色ものらないし、糖度も上がらないし。ただ酸っぱいだけのレモン水みたいな。
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編集長
そんなに?
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木村幸司
それはちょっと大げさですけど(笑)
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編集長
それでもワインにはしてたと。
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木村幸司
してたんですよね。でも、決していい状態ではなくて。
メーカーさんの方で昔と今の違いを分析してもらってるんですけど。
本当にがまんして買ってもらってたようなイメージです。

マサルセレクション、そして結実

千歳ワイナリー「北ワイン ピノ・ノワール2018」3,980円(税込み)千歳ワイナリーには、木村農園のピノ・ノワールを使ったロゼや上級レンジの赤ワイン(プライベートリザーブ)もある。
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編集長
とはいえ、いろいろな取り組みをやられていたんじゃないかと思います。
マサルセレクション*もその1つですよね。どういう経緯で始められたんですか?

マサルセレクション……通常は苗木屋で同じ遺伝子を持つ系統のクローン(枝)を購入して育てるのに対して、畑の中で優秀な株から穂木を選抜して育てる方法。

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木村幸司
最初に植えた古い区画は、いろんなクローンが混ざった寄せ集めのピノ・ノワールでした。熟度も、収穫のタイミングも、同じエリアで1本1本合わない。それを揃えた方が収穫も手入れもラクになる。
あと一番は、傷みの少ない、健全なブドウが残ってる木を広げたいと思って選抜したんです。それがうまくいって安定した生産量につながりました。
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編集長
手間がかかる方法ですよね。
苦労があったと思います。
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木村幸司
いやいや必要に迫られてやってるだけですよ。
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編集長
今は苗木屋から買うクローンで、ある程度これがあってるというのはわかってきているんですか?
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木村幸司
そうですね。
ただピノ・ノワールはみんな試行錯誤してます。畑によって合う、合わないがあるから。
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編集長
やっぱり難しい面はあるんですね。
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木村幸司
ええ。
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編集長
木村農園のピノ・ノワールがうまくいくようになったと感じたのは、いつ頃だったんですか?
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木村幸司
2008年ですね。それまでにないくらい状態の良いものが獲れて。収量は少なかったんですけど、品質がよかった。
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編集長
それは何が理由だったんですか?
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木村幸司
その年は収量が少なかったのと天候がいいのが重なって、糖度の高いブドウが獲れました。
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編集長
その前から兆しはあったんですか?
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木村幸司
ありました。
2004年の収穫前に初めて北海道まで台風が来て、その年はダメだったんです。
けど、その後、2005、2006、2007のブレンドを千歳ワイナリーさんで造ったことがあって、それもおいしかったんです。
単年度だと個性のあるブドウではなかったんですけど、混ぜたら3つそれぞれのよさがちょっとずつあったみたいで。あれはよかったですね。
トリニティというマグナムボトルで出したものでした。
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編集長
なるほど。
1998年に北海道の「気候シフト」があって、ピノ・ノワールが育ちやすい気候帯に入ったという分析がありました。
木村農園さんでいうと、マサルセレクションの苦労が実り、樹齢を重ねていい樹が育った。それで、気候も安定していた2008年に努力が実ったんですね。
成功まで、20年以上かかっていたとは驚きました。
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木村幸司
そうですね。
でも、今うちのピノ・ノワールがあるのは、がまん強く買ってくれた千歳ワイナリーさんのおかげだと思います。

――続きは、後編で。現在の“木村ピノ”のおいしさの理由に迫ります!

木村農園ピノ・ノワールの購入はこちら

10Rワイナリー「上幌ワイン 木村農園」、農楽蔵は生産本数が限られています。

 

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この記事を書いた人

編集長のアバター 編集長 ライター/ワインエキスパート

東京に暮らす40代のライター/ワインエキスパート。
雑誌や書籍、Webメディアを中心に執筆中です。さまざまなジャンルの記事を執筆していますが、食にまつわる仕事が多く、ワインの連載や記事執筆、広告制作も行っています。東京ワインショップガイドは2017年から運営をスタートしました。

コメント

コメント一覧 (2件)

    • この記事の発端は、道産ワイン応援団の蝦夷vinワインセレクションです!イベントで素敵なお話を聞いたので、ぜひ掘り下げて記事にさせてもらいたいと思いました。本当に余市の木村さんのお父さん達世代からの物語を感じる素晴らしいお話でした。ぜひまた注目の生産者や北海道の動きを教えてください!

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